第15話 凛と今日の晩ご飯

「ふう、これで掃除も終わり……。」


 誰に聞かせるわけでもなく、私は一人呟いた。午前に皿洗いを終わらせ、そのまま午後に掃除を終わらせるとひとしきり暇になり、たいして疲れてもないがぐっと伸びをする。どうやら肩は凝っていたようで、伸びに合わせて疲れがややとれる。


 少し楽になった肩を大きめに揺らしながら、脱衣所に行って洗濯籠を確認するも、私の方にも彼の方にも服はほとんど入っていない。この量では洗濯物を回す方がお金がかかる。今どき水道代も馬鹿にならないのだ。


「しゃーない、テレビでも見ますか。」


 お気に入りのソファーに座り、気は進まないがテレビをつける。ぱっと明るくなった画面には血まみれで倒れた人が大きくうつされていた。


「うわっ!」

 どうやら昼のサスペンスドラマを途中からつけてしまったらしく、丁度新たな事件が起こったところのようで、刑事役の俳優さんが遺体を囲み、話し合っているシーンが流れる。


私は正直この手の奴は最初から見ていないなら視聴しない派だ。序盤を見逃してしまえば、伏線も何もあったもんじゃないと、私は思う。しかし、彼は途中からでも雰囲気を感じながら状況をなんとなく判断して、そのまま楽しんでしまうタイプなのだという。周りが見え空気を読む、なんとも彼らしい。


「あ、このヒト、新田さんに似てる。」


 顔がそこまで似ているという訳ではないが、喋り方とか、お人好しな感じとか、オーラみたいなものが非常に似ているように感じる。こういうのは一度そう思うとそうとしか思えなくなってしまうものであり、ドラマはそのままCMへと入っていったが、何となく続きを見てしまう。


 新田さん(仮)はどうやら今の所被害者全員と関係があり、アリバイも無いのだが、肝心の証拠が見つからない、みたいな人だ。警察は疑ってるけど、周囲からの評価は高くてみたいな感じのキャラだ。ちなみに彼には年の離れた妹がいるらしく、非常に仲がいいと評判らしい。


「これはアレだ。妹をかばってる奴だね、きっと。」

 この手のドラマは一人の時ちょくちょく見ていたので、大体パターンは頭に入っている。きっと妹が犯してしまった犯罪を隠すために、兄が最初の事件で工作をし、あえて自分が疑われるような状況を作り出したに違いない。


「中々罪な女だね、妹ちゃんも。」

 基本的に家からあまり出かけることは無いらしい妹ちゃんは、細い体に反して魔性な魅力を出していた。これは兄がかばってしまうのも無理もない。ソファーに体重を預け、頭と背中を完全に倒してぼーっとテレビを見る、ついでに今日の晩御飯を何にするか考える。


「とりあえずご飯は炊くとして……今日は鶏肉確か買ってて、あとまあ野菜はあるから……野菜炒めとかにしようかなぁ、でも流石にもうちょっと凝ったもの作りたいよね~。」

 そう思いながらテレビを見ると、CMは明け、なんだか兄妹が怪しい雰囲気を醸し出している。妹の方が何かに悩む兄に後ろから手を回し耳元で何かを囁く……。


「おお……」

 最早小学生が帰ってきていてもおかしくない時間に放送するにはギリギリな、妖しいというより妖しいシーンが展開されていた。なんとなくいたたまれなくなり、テレビはつけたままそそくさと冷蔵庫に向かう。野菜室やチルドを開けるも、まあさっきイメージした通りのラインナップの食材が並んでいる。そりゃそうか、私が料理してんだし。


 今日のメニューを考えつつも、ちらっとテレビの方を窺うが、すでにシーンは刑事たちの調査シーンに入っていた。顔を冷蔵庫に戻し、食材を漁るが、頭の中ではさっきのシーンが頭で何度もリフレインされていた。違う違う、今私が考えるのは今日の晩御飯、鶏肉玉ねぎ卵にウィンナー……


「そうだ!折角だし、オムライス作ってあげよう!」

 何が折角なのか微塵も分からないが、何となくオムライスを作ってあげたい気分だ。そうと決まれば話は早い、まだ作るには時間が早いから、このドラマが終わるまで見て、ご飯だけでも準備を始めようかな。


 今日のメニューが決まり私はウキウキでソファーの方に戻っていく。さて、新田さん(仮)と妹ちゃんはどうなったかなぁ……。


 ******


「うーん。」

 ドラマを見終わった私は、ソファーに横になり、なんとも言えない気持ちでクッションを抱きしめていた。いや、ドラマ自体は面白かった、刑事さんのラストシーンの崖での迫真の説得、終盤の怒涛の伏線回収は目を見張るものがあった、あったが……。


「まさか、あの妹ちゃんがまっったく事件と関係ないとは……」

 そう、あれだけ第一容疑者の兄とよろしくやってた妹は実は全く事件には関係なかった。しかし、私の推理は半分当たっていた。


「っていうかあの女誰よ……。全然そんな雰囲気じゃなかったでしょ……」

 新田さん(仮)は実際に犯人をかばっていた。—————会社の同僚の女性社員をかばっていた。彼はその人に好意を寄せていたらしく、彼女が起こした第一の事件を偶然見てしまい、それ以後共犯者となることを選んだのだとか。私は漫然とした気持ちを抱えながらひざを曲げてソファーで回る。


「痛てっ!」

 そのままソファーから落下する。肝心のクッションは抱きしめていたせいで全く衝撃を吸収してくれず、私は強く腕と左わき腹を打つ。痛みと衝撃で目が覚める。私、何やってんだろう。そのまま立ちあがり、静かにテレビを消して米を洗いにかかる。

 お米を測り、おひつに入れて洗った所で、家電が鳴る。


「新田さんからだ、珍しい。」

 番号を教えられはしたものの私がこの家に来てからはとんと鳴りを潜めていた電話がけたたましく鳴り響く。彼の初(?)仕事をみれたことに喜びを感じるとともに、わざわざ電話をかけてくることに不安を覚える。電話は数コールしてから取った。


「もしもし、新田さん?どうかした」

 電話越しに聞く彼の声は、外にいるのか人の声と混じって少し聞き取りずらい。


「もしもし凛?実は、今日俺の分の飯、もう作ってるか?」

「ううん、まだだけど、どうかした?何かリクエスト?」

 正確にはお米の準備はしていたが。なんとなくこう答えるのが正解な気がした。


「いや、今日後輩と飲みに行くことになったから、だから、今日俺の分の飯作らないで大丈夫だぞ。」

 ああ、やっぱりそうか。ご飯どうしようかな、炊いちゃった分はしょうがないし、冷蔵庫に入れて明日の朝ご飯とと弁当にに使えばいっか、うんうん。まったくもって問題ない。


「あーうん、了解。大丈夫だよ。」

「そうか、悪いな。あんまり遅くならないうちに帰るから。」

「ううん、大丈夫。私の事はいいから、楽しんできて。」

 そのまま放置していると新田さんの方から電話が切れた。ツーツーと新田さんの声より明瞭に聞こえるその音は、妙に頭に響いた。



「後輩、男の人かな。」

 祈りともつかない、誰にも届かないつぶやきをして、私は肉野菜炒めの準備に取り掛かった。

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