第14話 後輩と飲み会(2)
水原が注文した日本酒は案外早く届いた。普段では有り難い居酒屋の対応が、眼の据わっている水原が目の前にいる現状では大変つらい。水原は小さいグラスに並々と日本酒を注ぎ、そのまま一気に飲み干す。
「お、おいお前大丈夫か……?頼むから救急車とかやめてくれよ?」
「大丈夫です、さっきも言ったじゃないですか。私こう見えてもお酒強いんですって。」
いつも通り強気に話す水原であったが、少し頬に朱が差しているように見える。しかしそんな俺の心配はよそに水原は話し始める。
「新田先輩って、すごいいい人ですよね。」
「何だよ突然、照れるな。」
「いや、ほんとにそうなんですよ。私みたいな人間もちゃんと面倒見てくれたし、頼りになりますから、結構ウチの同期の子たちでいいなって言ってる人、多いんです。」
「そ、そうか……」
酒の席ゆえ、どこまで本気か分からないがそう言われて悪い気はしない、まあ誰からも声なんぞかけられた経験もないから、お察しだが。
「ちょっと話変わるんですけど、女子って、結構縄張り争いみたいなの激しいんですよ。」
「あー、まあ確かに、良く聞くなそういう話。」
割と男子よりグループ意識が強いとか、他のグループの領域には踏み入らないみたいな。
「そうなんです、これは割と恋愛とかでも同じで、誰か狙ってる人がいたら、その人は基本的に諦める、みたいな。叶うかどうか分からない恋を追うよりは、堅実に人間関係の維持を求めるんですよ。」
「成程、合理的だな。」
まあ皆が皆という訳ではないと思いますけど、と注釈を入れ、またいつの間にか注いでいた日本酒をグイっと飲む。
「まあだから、何が言いたいかと言いますと、新田先輩は守られてる側ってことなんですよ。」
「はあ……はあ?」
「だから、新田先輩はお似合いの人がいるからってことで、みんな特に声もかけずにそのままにしてるってことです。」
想定外の方向に話が飛んでいき、脳の処理が追い付かない。
「えーっと、買いかぶりすぎじゃないか?っていうか、お似合いって誰の事だよ。もしかしてお前だったりして?、なーんて……。ど
「だったらこんな話してないんですよ。」
冗談半分で言ったつもりが、思いのほか真剣なトーンで返され、今のセクハラまがいのセリフを反省する。
「すまん、無神経だったか。」
「え?あっ!いや、別に私は嫌とか、そんなことは無いですよ!ええ、ホントに。」
焦ったように、水原は答える。しかし、それはそれとして、肝心の問題が解決していない。誰がお似合いだと思われているのかという事だ。しかし、そんなことを直接水原に聞くわけにもいかない。俺にも一応先輩として、男としてのプライドがある。しかし誰なのかも気にはなる……。何故か水原もそこまで説明してから固まって、先ほどまでの勢いとは反対にどちらが口火を切るか気まずい沈黙が流れる。
「……分かりました、ここまで言っておいて私から言わないのは違いますもんね。」
水原が口を開いた。
「先輩、単刀直入に聞きます。」
騒がしいはずの店内でごくりと俺が唾をのむ音が耳に響く。いったい誰なんだ俺にお似合いだと評判なのは……
「先輩、鳴海先輩と付き合ってるんですよね?」
「……はぁ。」
思わずため息が出た。今日二度目だ。
「何ですかそのはぁってため息は!人が折角覚悟決めて聞いたってのに!」
「いや……みんな見る目無いな、って……」
「何でそんな哀れむような顔が出来るんですか!ちょっと!目そらしてメニュー見ないでください!」
「あ、すいませんモモタレ二皿。あとビールも」
「焼き鳥頼んでんじゃないですよ。あ、皮の塩もお願いします。」
注文と説明をはさみつつ器用にツッコミをする水原、中々どうして才能を感じる。
「お前やっぱり渋いな。」
「いいじゃないですか、お父さんが塩派で一緒に食べてたらこうなったんです。って、そうじゃなくて!」
水原はグイっと身を乗り出してくる。その様子を見て、俺もはぁとため息をつく。
「あのな、君らがどう思ってるか知らないけど、俺と成瀬は友達で同期、それ以上でもないしそれそれ以下でもないの。」
「いや、でもお二人特に仲がいいじゃないですか。部署違うのに、鳴海先輩良くウチに来ますよね?今日も来てましたし。」
「ウチの代同期少ないしな、あいつも愚痴る相手がいないから良く来るんだろ。」
「いやいやいやいや、あれはそんな感じじゃないですって!うちの同期の間でも話題になってますからね。それを私がどんな思いで聞いてたか……!」
拳を握り何かをこらえるような表情をする水原。
「それは別に知らんが……。まず、俺らは付き合ってないからな。唯の同期。」
しかし水原はまだ納得がいかないらしく、食いついてくる。
「じゃ、じゃあ、今日の電話はなんですか!」
「電話?」
「忘れたとは言わせませんよ!今日おごってもらうって話になった後、いそいそ電話しに行きましたよね?あれ、鳴海先輩じゃないんですか?今日後輩をしゃーなし飯に連れて行かなきゃいけなくなったから、一緒に出掛けられないわ~みたいな!そんな電話してたんでしょ?」
「待て待て待て待て、大人しくしろ、お店にも迷惑掛かってるから!」
周囲の視線が痛く、興奮した様子の水原を宥め、丁度焼き鳥を持ってきてくれた店員さんに頭を下げ、水原の分のチェイサーを頼む。
「すみません……、取り乱しました。」
「飲みすぎだ、水頼んどいたから。」
「……ありがとうございます。」
届いた水を飲み、一呼吸落ち着いた様子。
「っていうか……これってひょっとしてチャンス……?」
「ん?なんか言ったか?」
何か思いついた表情をしてぽつりとつぶやくが、その声は喧騒に掻き消える。
「あの、もう一度聞きますけど、ほんっとーに何もないんですね?」
真剣な表情で聞いてくる水原、何となく非常に重要な選択を迫られている気がしないでもないが、正直に答える他ない。
「ああ、何もないぞ。」
「そうですか……すみません、疑っちゃって。」
「いいってもんよ。」
社会人とは言え、若い女子だ。教育係の先輩の恋愛事情も気になるのだろう。うん、やっぱりタレが一番だな。
「よし、じゃあ私決めました!」
「何をだ?」
「ふふ、内緒です。」
手を伸ばし俺の前にあるタレ串を取る水原。
「お前、塩派なんじゃなかったのか?」
「いえ、今日は記念日なので、たまには冒険してみようかなって。」
勢いよく焼き鳥を食べた水原は、そのまま満面の笑みでこう言った。
「新田先輩。」
「何だ?」
「私、同担拒否勢ですから、覚悟してくださいね?」
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