第13話 後輩と飲み会
「あ、あの……新田先輩。」
家で一人待つ家出少女の安否を考えていたところ、おずおずと水原が声をかけてきた。
「あの、さっきの三ツ谷先輩じゃないですけど、私も最近頑張ってる方だと思うんですよね、ほら、さっき朱鷺野先輩にも資料褒めていただきましたし。」
「突然何の話かよく分からんが、まあ、そうだな。」
「なので、私も三ツ谷先輩見たく、ご褒美がほしいなー、なんて言ってみたりして。」
「おお、それは別に構わないけど……」
「それに、今日、丁度電車も遅延してますね。」
「ああ、遅延してるな。」
「じゃあ、あとは分かりますよね?」
何だ?全然ぴんと来ない、来ないが水島は何かを期待しているのはありありと伝わってくる。
「……えーと?」
「あーそれに、今私、すごいお腹空いてます。」
「俺も空いてるな。」
「なら丁度いいじゃないですか!」
「……?」
「マジかよここまで言って伝わらないのか……。」
「ん?なんか言ったか?」
「あーいえ、なんでもないですよ。」
俯いて何かぼそぼそと言ったかと思えば、俺の顔を見た時には既に普段の笑顔だった。しかし俺も何も思いつかず、後ろで遅延を嘆く人々の声を聴きながら、しばらくそのまま見つめあっていた。すると水原は笑顔のままプルプル震え、眼を細めたかと思えばそのまま口火を切った。
「だから!飲みに連れて行ってくださいってことです!言わせないでくださいよ後輩から。」
「ああ成程、そういう意味だったのか。悪い悪い、全然気づかなかった。」
「あーあ、もういいお店連れて行ってもらわないと気が済みませんから。」
拗ねたように顔を背ける水原、最早連れて行くことは前提となっているようだ。しかし、俺にはやはり気がかりがあった。もちろん凛の事だ。
「あー、今日か……、お前を飲みにつれていくのはいいんだが、いきなり今日っていうのも、ちょっと……」
「ダメなんですか?」
悲しそうな顔をされて、俺もうっ、と言葉に詰まる。実際水原が頑張ったのは事実だし、それに対して何かしらの対価を払うのはまあ当然のように思える。しかし今家家には凛がいる……。でもこの後輩の誘いを断るのも先輩としては違う気がする……。
しばらく悩んだ末、俺は決めた。
「よし、たまには飲みに行くか。」
「ホントですか!」
不安そうな顔から一転、ぱあっと、嬉しそうな顔をする水島。
「おう、こういう機会もめったにないしな。別の電車でちょっと行ったところに俺が良く行く店があるんだけど、それでいいか?」
「ありがとうございます!行きたいです!」
想像以上に喜ばれて、俺も嬉しく思うが、少し罪悪感も感じる。流石に凛に何も伝え行くのもためらわれ、俺は携帯を取り出す。
「ちょっと俺は電話することあるから、その辺で待っててくれ。」
「あ、はい……分かりました……」
水島のいるところから離れて、俺は家の固定電話に掛ける。当時は多少面倒だったが、繋げて良かった固定電話。
電話をかけると、数コールで凛は出てくれた。
「もしもし、新田さん?どうかした」
凛には登録した俺の携帯電話以外は基本的に出ないように言ってある。
「もしもし凛?実は、今日俺の分の飯、もう作ってるか?」
「ううん、まだだけど、どうかした?何かリクエスト?」
「いや、今日後輩と飲みに行くことになったから、だから、今日俺の分の飯作らないで大丈夫だぞ。」
そう答えてから、すこし間が空く。
「あーうん、了解。大丈夫だよ。」
「そうか、悪いな。あんまり遅くならないうちに帰るから。」
「ううん、大丈夫。私の事はいいから、楽しんできて。」
じゃあなと言って、俺は電話を切る。俺はそのまま水原の待つあたりへと戻る。
「悪い悪い、待たせたな。」
「……いえ、別に待ってないです。」
水島は先ほどまでの雰囲気とは少し変わり、トーンダウンしているように見える。そう思ったのもつかの間、彼女は表情を明るくし、
「じゃあ、行きましょうか!先輩のおすすめのお店!よーし飲むぞー」
「一応明日仕事なんだから、程々にしとけよ。っていうかお前店の場所分かんないだろ。」
改札を抜け、うーんと伸びをしながら反対側の路線に向かう水原の姿を見ながら、俺も人の流れに逆行し、ゆっくり進んでいった。
*******
「じゃあ、私の成功を祝して、かんぱ~い」
「乾杯。」
水原の陽気な音頭に合わせて、グラスをこつんと合わせる。俺はビールを、水原はレモンサワーをグイっと飲み、そのままとりわけておいたポテトサラダをつまむ。
「先輩、ここのポテサラめっちゃおいしいです!卵とデミグラス?みたいなソースがめっちゃ合いますね!」
「だろ?俺もここ来たら絶対頼むんだよ。」
美味しいおいしいと言いながらポテサラを食べる水原。いい食べっぷりで見ているこっちも嬉しくなる。
「ほら、もっとちゃんと黄身掛かってるところ食え、そこが一番うまいんだから。」
「先輩、何かお父さんみたいです。」
まあ頂きますけど、と言ってサラダを取っていく水島。俺も最低限自分の分を確保していると、頼んでいた旨そうな料理が続々と届く。
「おー、カルパッチョおいしそーあーでもここはやっぱり揚げ物かなぁ……。うーん、迷う……。」
「別に一個しか食えないわけでもないんだし、好きなだけ食っていいぞ。」
「いや、こういうのは結構食べる順番とか大事ですからね……」
そう言いながら届いた商品をまじまじと見つめる水原。
「いや、結局から揚げが正義!」
から揚げにかじりつき幸せそうにする水原。人間はやはり揚げ物の前には無力なようだ。水原を見習い、俺もから揚げを食べ、ビールで流し込む。そういえば凛が来てからこの手の店に来たの久々だったな……。ビールを飲むと、思わずふう、とため息が漏れる。水原を見ると、彼女もから揚げを飲み込むやすぐさまサワーを飲み、ぷはーっと気持ちのいい声を上げる。
(こいつ……案外「飲める」クチか……?)
サシで飲みに行ったことは無かったため、あまり気づかなかったが……そんな風に思っていると、水原はグラスを持ったまま照れた表情で顔を隠す。
「ちょっと、あんまり見つめないでくださいよ。」
「ああいや、思ったよりいい飲みっぷりだなぁと思って。」
「そんな、普通ですよ普通。」
「そうかー?飲み会の時はあんまりイメージなかったけどな。」
「あーあれは、変に飲めるってバレたらおじさま方に絡まれて大変じゃないですか。」
「成程、こないだの飲み会は擬態か……。」
「その節はどうもお世話になりました。」
すぐさまぺこりと頭を下げる水原。今俺達の脳裏には同じシーン、俺が部長に彼女がいないこをあれこれ言われていたシーンが流れていたに違いない。
「あー、そういえば!このお店、先輩はよく来られるんですか?」
気まずい雰囲気を打ち消すように、水原は明るい声で聞いてくる。
「そ、そうだ先輩、このお店は良く来るんですか?」
「あ、ああそうだな。割と来るぞ。」
変に上ずったトーンで話題を変える。
「い、いいですね。普段は一人飲みですか?それとも、三ツ谷さんとか?」
「あーそうだな。やっぱり同期が多いかな。三ツ谷とか、鳴海とか。」
「ああ、なるほど鳴海先輩……。」
何かぽつりとつぶやくと、水原は手に持っていた半分くらい残っていたサワーを、そのまま一気飲みする。
「すいません!この日本酒2合ください!」
「お、おい、お前大丈夫か……?」
「大丈夫です、私結構お酒強い方なんで。」
注文しそう語る目は自信と共に覚悟を宿していた。
「先輩の方こそ、ここから本番ですからね、私、結構聞きたい事ありますから。」
水原の言う通り、飲み会はまだまだ始まったばかりなのだった……。
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