第11話 アラサーと同期と再燃する疑惑

「はぁ~あ」

 会社に出社して同僚に一通り挨拶をして俺は席に着き、一つ大きく伸びをする。パキパキと上半身から十代の頃には決してならなかったような高い音が鳴る。

「おっはよー、新田ちゃん。今日は朝から元気ないね~。」

「おはよう三ツ谷、そういうお前は朝っぱらからテンション高いな。」

 軽やかな足取りで俺の席まで三ツ谷がやってくる。アイツの言う通り、最近体が少しずつ鈍ってきているように感じるのは事実だ。だが、今日に限っては俺の何もしなくても積み重なっていく年齢のせいではないと断言できる。


「ひょっとして、楓子ちゃんでしょ。」

「ずいぶん勘がいいな。」

「まあ、今日一緒に出社してたしね。簡単な推理だよ、新田ちゃん。」

 きざったいポーズを取り、某探偵の様なセリフを吐く三ツ谷。

「にしても、よく一緒に出社したって分かったな。別に会社で出くわしたとか、そんな可能性もあるだろ?」

「いや、それは無いね。」

「どうして?」

「だって俺、こないだ楓子ちゃんに聞かれたんだもん。」

「聞かれたって、何をだよ。」

「ん?新田ちゃんが普段何時の電車乗ってるかって——————。」

「三ツ谷先輩」

 三ツ谷が肝心の事を言おうとした矢先、俺たちの会話を中断する声が、見なくても分かる、水原だ。


「三ツ谷先輩、仕事の件で少しお聞きしたいことがあるんですが、少しお時間よろしいですか?」

 水原が三ツ谷に仕事の相談とは、なんとも珍しい。三ツ谷はあの雰囲気で、女心がよく分かってるとかで、よく女性社員から恋愛相談とか、人生相談とかをされているのをよく見かけるし、水原もその一人と聞く。ただ仕事の相談とは珍しい、あそこそんなに繋がりあったか……?

「水原、良ければ俺も聞こうか?」

「いえ、三ツ谷先輩だけで大丈夫です。」

「そういう事みたいだから、ごめんね~、新田ちゃん。」

「お、おう……」


 水原は静かだがしっかりと圧を放っていた。その雰囲気に気圧され、俺はそのまま席に座る。二人はそのまま何故か三ツ谷の席に行きひそひそ話している様子がうかがえる。始業まであまり時間もない、もう一回気を引き締めなきゃならないな……もう一回上に大きく伸びをしていたら、机にことりと缶コーヒーが置かれた。


「朝から何くたびれた顔してんのよ。」

「鳴海か。こっちに来るなんて珍しいな。」

「ちょっとね。」


 話しかけてきたのは鳴海京子なるみきょうこ、三ツ谷以外の同期で今でも交流がある数少ない友人だ。ポニテに結んだ髪に女性にしては高い身長、切れ長な目をしていて、美人と言って差し支えない見た目をしている。が、見た目にたがわず、いや、見た目以上にキツめな性格のため、わざわざ寄ってくる男は案外少ない。だが、仕事は非常にでき、面倒見もいいので、後輩、特に女子からは相当人気があると聞く。それに同期の疲れを察してコーヒーを差し入れしてくれる、出来た同期だ。


「何よ。」

「いや、別に。俺はいい動機をもって幸せだなーって。」

「何よ急に気持ち悪い。変な病気貰ったんじゃないでしょうね。」

「今のは素直に受け取っとけよ、あ、コーヒーありがとな。」

 ここで飲むわけにもいかないので、俺はデスクから立ち上がって移動しようとする。掴んだ缶コーヒーは少しぬるくなっている。俺が廊下に出ようとすると、鳴海もそのまま付いてきた。


「お前も一緒に来るのか?」

「何、ただでコーヒーおごってもらえると思ってたの?」

「いや、別にそういうつもりじゃないけど……」

 お前うちの部署に用事あったんじゃなかったのかよ。そう思ったが、まあ奢ってもらっておいてとやかく言うのも何なので、大人しく二人で廊下に向かう。


 廊下に二人でもたれて、同時に缶を開けて飲む。苦みが口から、そして直接喉に広がっていく感覚があるコーヒーはこれがたまらない。

「あ~、カフェインが染みるぅ~。」

「私があげといて何なんだけど、そのリアクション大丈夫なやつ?ちゃんと朝ごはん食べてる?」

 不安とあきれの混じった顔で、成瀬は聞いてくる。

「大丈夫大丈夫、最近はしっかり3食食べれてるよ。」

「ふーん、そうなんだ……。」

「おう、だから健康そのものよ。」

 俺は健康アピールも兼ねて力こぶを作って見せるも、鳴海は興味なさげにカフェオレをちみちみ飲んでいる。なんだか恥ずかしくなりだらんと手を下ろす。一緒にいて感じるが、彼女は普段と比べどこか心ここにあらずと言った感じだ。もしかして、このコーヒーも何か相談したいことがあったのかもしれない。


「鳴海……俺で良ければ、聞くぞ?」

「ん?どういう事?」

 ちらっとこちらに顔を向けてくる鳴海。

「いや、何か相談したい事でもあるのかなって。なんかぼーっとしてるし、環境の変化とか、人間関係とか、そんなんで、何か悩みでもあんのかなって。」

「悩みか、さっすが新田。よく気づくじゃん。」

「まあ、短くない付き合いだからな。」

 こいつが職場関係でもめてるという話は聞いたことがないし、そんなので悩むような女じゃないのはよく知っている。だが、少し様子がおかしいのは事実だ。そう指摘すると、彼女はふふっと自嘲的に笑う。

「環境の変化、人間関係……まあ、そんなところね。」

「お前がそこまで悩むなんて珍しいな。トラブル抱えてもうじうじ悩まずにに真正面からスパッと解決できるのが、お前のいいとこだろ。」

 そこまで言うと、鳴海は姿勢をぐっとただし、余っていたカフェオレを飲み干す。そしてふうと息をつき、両手で持った空き缶を見つめたまま、聞いてきた。


「あのさ……」

「お、おう……」


 本題を切り出すのに力をためているように見え、それを見ているとなんだかこちらまで緊張してくる。あの鳴海がここまで悩むほどだ、どんな話が飛んでくるか分からないが、聞く側の俺も覚悟を決めた方がいいかもしれない。いいか新田智弘、男として、友として、何を言われようと決して驚かずに、冷静に対応するんだ……。




「新田、彼女出来たんだって?」




「…………は?」


 普通に聞き返してしまった。は?今こいつなんて言った?カノジョ?

「いや、別に俺彼女なんて」

 ちゃんと訂正しようとしたところ、眼前に手を出されて止められる。


「いや、皆まで言わないで大丈夫。分かってる、新田も男だし、いい歳だし?彼女の一人や二人いたっておかしくもなんともないもんね。でも正直、同期である私に少しくらいは相談して欲しかったっていうか、お相手がどんな人か見定める義務があるっていうか……」

 堰を切ったように鳴海は一人でブツブツ話始める。彼女の眼は俺の方を向いておらず、完全に自分の世界に入っている。

「ちょっとストップ、止まれ鳴海。」

「何?まだ何か申し開きがあるの?」

 肩に手を置き彼女を止めると、やっとこっちを向いた。っていうか申し開きって、んな物騒な。


「いや、だから俺彼女なんて出来てないって。」

「別に隠すことないじゃない。同期なのに水臭い。」

「いや、だからホントにいないんだって、お前がどこから聞きつけてきたのか知らないけど、それは真っ赤な嘘!」

 自分で言いながら空しくなる。っていうか、ちょっと前にどっかでやったなこのくだり、いつだっけ……。

「え……?いないの?」

「ああ、いない、これっぽっちもいない。」

 鳴海もようやく俺の言葉が伝わったのか、目の焦点が俺にちゃんと合ってくる。俺もここぞとばかりに頷く。人通りの少ない廊下だから助かった、正直こんな現場、俺の後輩にも鳴海の後輩にも見せられない。


「じゃあ、新田は独り身?」

「ああ、この通り。」

「周りに女の子の影もなく?」

「まあ、無いな。」

 無いと言い切るのも嘘のような気がするが、そう答える。


 そう答えると鳴海は安心したのか、ほっと息を吐き、廊下に背を持たれたままずりずりと腰を下ろしていった。


「なーんだ、彼女出来たわけじゃなかったのか。」

「誠に残念ながらな。」

「いや~、私としては喜ばしいよ?一緒に飲む相手が減らなくて。」

「はいはい、そうですか。」

「まあ、取り敢えず安心した、新田お人よしだから、押されて面倒な子と付き合うことになってたりしないか心配だったんだよね。」

 妙に核心を突いた発言にぎくりとするが、幸い鳴海には気づかれていなかった。彼女は一通り吐き出しきって安心したのか、再び立ち上がり、自分の部署に帰っていく。


「それじゃ新田、わざわざ時間とってくれてありがと、また三ツ谷と3人で飲みに行こ。」

「おう、また誘うわ。」

 そうして朝のひと悶着は終わり、俺達は各々の部署に戻っていくのであった。




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