アラサーと後輩とJKと
第10話 アラサー、車輪の上
凛と暮らし始めてからしばらくが経ち、世間は梅雨と呼ばれる季節へとなった。梅雨とは思えないくらいには雨は少なく、梅の花が咲くには過酷な暑さとなっていた。玄関先で靴を履きながら、キッチンにいるのであろう凛に声をかける。
「じゃあ、俺行ってくるから。」
「はーい、部屋の掃除だけやっとくね。」
食器を洗っているのだろうか、水の流れる音と共に、凛の声が聞こえてくる。
「あれ?今日洗濯物回すんじゃなかったのか?」
「そのつもりだったんだけど、今日夕方から雨降るっぽいから。」
「え、マジか。」
「うん、最近全然雨降らないから油断してたねー。新田さん、傘ちゃんと持った?」
「おう、今取った。」
「折り畳みくらい常備しときなよ。」
皿洗いも終わり、手をふきつつ、玄関に凛が現れる。
「一応確認だけど、お弁当持った?」
「持ったぞ。」
鞄の中から弁当の入った巾着を取り出す。
「オッケー、他に忘れ物無い?」
「大丈夫大丈夫。」
「ホントかなー、まあいいや、行ってらっしゃい、お仕事頑張ってきてね。」
「行ってきます。」
俺の雑な対応に訝し気な視線を送ってくるも、すぐに表情を直し俺を見送ってくれた、俺が後ろを振り向きドアを閉めるまで、彼女は手を振っていた。
*********
混みあっている電車の中で、人込みに揺られながら歓声に抗いながらつり革に捕まって耐える。俺は多少上背があるため他の人より不快感は少ないが、近くに立つ小柄なOLさんはしんどそうにしている。しばらく住宅街が続く路線のため、出る人数より乗る人数のほうが多くなっている。
もう随分と慣れた人に押される感覚を味わっていたら、俺の横の人混みが少し割れ始める。まるで小さな十戒だ。何事かと思っていたら、人混みの中から「すみません、すみません」という声と共に影がにゅっと現れる。
「先輩!おはようございます!」
影の正体は、俺のよく知る後輩、水原だった。
「ミニモーセはお前だったか……」
「なんですか?ミニ?」
「いや、なんでも無い。」
人混みをかき分けるのに体力を使ったのか、水原はふうっと息を吐き、俺の隣のつり革に手をかける。
「電車に乗ったら先輩の頭が見えたんで、ごあいさつしようと思って。先輩背が高いから目立ちますね。」
会えて嬉しそうにしてくれる水原を見ていると、俺もなんだか朝から元気を貰えるような気がしてくる。
「水原、家この辺なんだな。っていうか朝の電車で会うの初めてだな」
彼女が乗ってきたのはこの辺では有名な高級住宅街だった。一人暮らしと聞いていたが、案外いいとこの出とかなのだろうか。
「あーいや、家はもうちょっと離れた所です。この駅で乗り換える感じで。」
「へー、そうか。」
結構時間かけて出社してるタイプなのだろうか。
「今日は一本早い電車に乗れたんで、それでこんな感じですね。」
「なるほどな、お前結構出社ギリギリだもんな」
「間に合えば問題ないんですよ」
ふふっと不敵に笑う水原、確かにこいつは出社は遅いが遅刻や朝礼には遅れたことがない。そういうところは本当に抜け目ない。ある意味感心していると、水島の方から質問してくる。
「それより新田先輩は、いつもこの時間の電車なんですか?」
「あー、そうだな。最近はまずこの時間だな。」
少し前までは出勤時間にもバラつきがあったが、今は凛と朝飯を食い出勤するようになったため、生活リズムが整い、今ではこの時間の電車に乗るようになっていた。
そう答えると、水原はへぇ、と答え、少し身を捩りだす。
「そ、それなら、私もこの電車にしちゃおっかな〜、なんて…」
満員の社内で俯いてため、つむじしか見えない水島。それは別にいいんだが……
「お前、早起きできんの?」
「私をなんだと思ってるんですか!」
突然頭を上げ、こちらを睨みつける水島。
「いや、だってお前の普段の出社時刻よりだいぶ早いぞ?女子は準備とか男より大変だろ?」
そういうとうぐっと言葉に詰まる水島。
「そ、それはそうですけど、まあ、早起きすれば、ボディーガードがついてくると考えれば……ギリ、頑張れます……。」
「そうか……」
およそ頑張ろうという人間の顔ではなかったが、本人が頑張るというならそうなのだろう。
「っていうか今一番混む時間帯だぞ?ボディーガードとか言わずに、時間ずらして乗った方がいいと思うぞ。しんどいだろ、この混み具合。」
おれとは違い背が高いわけではない水原は他のサラリーマンたちにもまれてつらそうにも見える。そんな彼女を見下ろしていたら、俺の表情をどう勘違いしたのか、水島が突っかかり、目を細めて指を振る。
「先輩、私をその辺ナウなヤングといっしょにしてもらっちゃ困りますよ。私はこれでも嫌なことは嫌と、ダメなことはダメだと言える女ですから。ちょっと前にも、私ナンパ突っ返したこともありますからね?」
「お前はボディーガードが欲しいのか要らないのかどっちなんだよ……。」
「あ、うぇ、それは……。」
指摘されて完全に言葉に詰まる水原。えーとえーとと言いつつ、次のk賭場を探している。完全に勢いだけでしゃべっているのがよくわかる。それにしてもナンパか、こいつも普通にしてたら可愛いだろうし、そりゃナンパもされるんだろう。
「まあ、俺は基本この車両に乗ってるから、ボディーガードが欲しければやってやるよ。」
「先輩……いいんですか?」
「別に俺が許可だすような話でもないし、好きにしろ。」
こうして一緒の電車になったのも何かの縁だしな。そう思い下を見ると、表情は俯いて見えないが、水原が小さくガッツポーズをしているのが見える。まさか、何か変な目に遭ったことでもあるのか……?
「ま、まあ女子一人で電車っていうのも危ないしな。俺が守れる範囲で守ってやるよ。」
目を合わせずにそう言ってから、水島の反応がないことに気づく。やばい、今のは少しカッコつけすぎたか……?そう思いおずおずと下を向くと、キラキラした目でこちらを見てくる水島と目が合う。
「な……何?」
「あ、あの……、もう一回言ってもらえませんか!?」
「はぁ!?」
満員電車の中でつい声が出て、周りに立っている人に少しいやそうな顔をされ、ペコペコと頭を下げ、水原に顔を近づけ、小声で聞く。
「何だよ、もう一回って。」
「いや、今の、守ってやるみたいな台詞、もう一回言ってくれませんか?」
水島も小声だが、熱量のこもった声で言ってくる。
「やだよ、何でそんな事。」
「だって推しからの貴重な供給ですよ?逃すわけにはいかないじゃないですか。」
吊革につかまっていない手にはいつの間にかスマホが握られており、その手をぶんぶん振りながら水原は熱弁する。なんか、朝から胃もたれしそうだな……そんなことを言っていると電車が目的地に到着したアナウンスが流れる。
「ほら、着いたから行くぞ。」
「え、ちょっと待ってくださいまだボイスが……」
水原もあわてて付いてくる。
「ボイスってなんだよ、っていうか何でスマホ突き付けてんだよ。」
「録音のために決まってるじゃないですか!」
「じゃあ尚の事嫌だよ!」
俺が拒絶すると不満そうに頬を膨らませる水原。10も離れていないはずの彼女は、今日だけはまるで別世界の人間に見えた。
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