第9話 着せ替え凛ちゃん
昼食を終え、凛は同じ階の服屋に入っていった。
「洋服は、このお店でいいかな。」
「ここって……」
「何?知ってるお店?」
このデパートに入ったときに最初に目が合ったお姉さんがいた店だった。
「いや、別に知ってるわけじゃないんだけどな……」
「このお店、気になってたんだよね~、昔住んでたところには無かったし。」
「ならよかったな、丁度あって。」
「うん、流石都会って感じ。」
腕を組み満足げにうなずく凛、俺はその様子を見つつ、近くのベンチに座る。
「じゃあ、俺はここに座ってるから。買うもの決まったら呼んでくれ。」
「え!?一緒に来ないの?」
凛は驚いたようにこちらを向き、心底意外そうな表情を浮かべる。
「そりゃそうだろ、あんな女子女子したお店に俺みたいなのが混じったら違和感ありまくりだよ。」
「あんなに私が服買うの楽しみにしてたのに、それにカップルとかも結構いるよ。っていうか第一私たち兄弟って話でしょ?」
「俺は、お前が楽しそうに服選んでんの外から見れればそれでいいの、しかもあの子たちみんな若い学生カップルとかだろ?お前も一緒に歩きずらいだろ。」
凛が元々来たがっていたお店というだけあって、店内は全体的に若い子たちが多い。社会人になって久しい俺には出せない輝きが店中にあふれていた。
「別に、私新田さんと一緒で恥ずかしくないよ?」
腰に両手を当てて、少し胸を張る凛。そこまで堂々と言われると照れるな……。
「でも、そうは言ってもなぁ……」
俺が少し揺れたとみて、凛はすかさず追撃を入れてくる。
「私、新田さんが一緒に見てくれないんなら服見ないから。」
「お前、それは無法ってもんだろ……。」
「だって新田さんにお金出してもらうんだもん。私一人で決めるって方がむしろおかしいと思うんだけど。」
凛が強気に出てくるだけあって彼女の言い分にも一理ある。それにここで帰られると当初の目的が達成できない。俺も腹をくくって凛と共に店に入ることを決心する。一つ大きく息を吸い、短く息を吐く。
「いや緊張しすぎ、10代向けのお店の事なんだと思ってるの。」
……まあ、魔境?
*******
店に入ってからの凛はすごかった。すすーっと人込みをかき分けていき、何着か手に取ると軽く鏡の前にあてて、その後店員にサイズ確認をし……。格好だけでは冷静に考えると普段俺が服屋でやってることと大差ないのだが、彼女がやると熟練の鑑定士の様な……そんな感じに見えて、非常に頼もしかった。他の客はおしゃれに着飾っているのに、凛だけは俺のお古のTシャツにもかかわらず彼女はしっかりいい意味で目立っていた、おそらく贔屓目じゃなく。そして彼女は店員さんと話し込んだかと思うと、そのまま更衣室へと連れられて行った。
「はあ、……にしてもみんなキラキラしてんなぁ。」
更衣室の前で座って待ちながら、誰にも聞こえないくらいのボリュームでぽそりと呟く。女性関係に全く縁がなかったわけではなかったが、学生時代はスポーツばっかりやっていたり、大学時代も大してお金がなかったため、こういう店とは縁遠い生活を送っていた。
「しかし凛、目立ってたなぁ。」
元々目鼻立ちは整っているのだが、立ち居振る舞いなど、全体的に醸し出す雰囲気が彼女を一層際立たせていた。本来ここに座っているのは、キラキラした同級生や彼氏だったんだろうになぁ。そんなことを考えていると、更衣室のカーテンが空からと音を立てて開かれていった。
「おお……」
「どう?お兄ちゃん?似合ってる?」
正直すごく似合っていた。元々ポテンシャルのあるやつだとは思っていたが、服一枚でこうまで変わるものか……黒いロングスカートにピンクのカーディガン。柔らかい色合いの上着が肩口まで伸びた少しウェーブがかった髪の毛と上手く合わさり、春らしさと凛の良さが素敵に演出されていた。
「服だけでこんなに違うものなのか……」
「ちょっと、それ褒めてる?」
「あ、ああ、すごく似合ってる。」
「へへ、そう?私も実はそう思うんだよね~」
更衣室の中で上手く一回転し、スカートの裾をくいっと持ち上げる。俺もつられてぱちぱちと拍手する。なんというか、娘か妹でも出来たらきっとこんな気分なのだろう。一応今も兄妹という設定ではあるが。
「お兄さん、妹さんこの洋服すっごくお似合いですよね!」
誰かと思えば、凛が話していた店員さん。何ならあの時服をハンガーにかけていた店員さんが、両手に
「そうですね、正直別人みたいですね。」
「ちょっと」
「それで、妹さんすっごく素材がいいので、私的にはこれらの洋服もぜひ来てみてほ欲しいんですけど……」
店員さんは両手に服を数着持っており、見せてくる。
「い、いや、私達そんなにたくさん買うつもりもないので、悪いです……」
「是非とも、お願いします。」
「お兄ちゃん!?」
その時俺とお姉さんの間には、一時的だが確かな同盟が結ばれていた。凛の叫びが聞こえた気がしたが気にしない、だってお金払うの俺だし?
「じゃあ、妹をよろしくお願いします。」
「はい、任せてください。」
店員さん、あなたが凛にふさわしいか見極めさせてもらいますよ
「ちょっと、私の話二人とも聞いてます?」
「はいじゃあ、先ずはこれ着てもらえますか?」
「うわっ、ちょっ、あぶっ。」
店員さんに服と共に更衣室に押し込められる凛。
そこから先は—————
********
「ではこちらお品物になります。」
「はい、ありがとうございます。」
凛が商品を受け取り、俺たちは店員さんのありがとうございましたーという声を背に受けながら、俺たちは店を出た。
「うわ~こんなにたくさん……」
「言っても数着だけどな。」
袋の中を眺めつつ感嘆するような声を上げる凛。学生向きのお店という事もあり、想像していたほど金額は張らなかった。
「いやいや、十分でしょ。私そんなに外にも出かけないと思うし。」
「まあ、また何かあったら言ってくれ。」
「うん、分かった。」
少し恥ずかし気に頷く凛、いつか彼女が自分からおねだりしてくる日が来たら言いなと、そんなことを考えながら俺たちは駐車場へと向かった。
*******
私は人が運転しているをみるのが好きだ。特にサイドミラーを確認して曲がり角でくるくるハンドルを回すあの仕草が、結構好きだ。新田さんの運転は、男の人の運転にしては、あんまりスピードを出さずに、結構ゆったりしている。多分新田さんの事だから、初めてこの車に乗る私に気を遣っているのかもしれない、いや、きっとそうだ。
後ろに血縁でも何でもない、ひと月前にはお互い言葉も交わしたことがないような少女を載せていることを、彼はどう思ってるのだろうか、無言でハンドルを操作するその背中を眺めながら、私はふと考える。
気を遣うなと彼は言うが、本当はそんなことは無い。私より彼の方がずっと気を遣っている。私は本当は彼の思うような人じゃない、ズルい人間なんだ。彼の様な優しい人を狙って、自分の体を使っていいよとちらつかせて、怒りに駆られて私を拾うようにあえて仕向けた。もし私を襲ったとしても、彼の様な優しい人なら自責の念に駆られて案外大事にしてくれるんじゃないか。そう思って声をかけた。私の計画通り、彼は私を家に上げてくれた。
しかし、そこからは予想外だらけだった。
新田さんは私を家に置くにはとどまらず、風呂に入れ、柔らかい場所で寝かせ。しかもご飯まで提供してくれた。人は対価があって初めて行動する生き物だ。食事だって、仕事だって、ゲームだって、その先に飢えを満たせるとか、お金とか、娯楽だとか、何か得られるものがあるから初めて動くものなのだ。だから私は困惑した。見返りもなく、ただ私に与え続ける彼に、私は恐怖した。だから、私は焦って、彼に対価を与えなければならないと思って、体を差し出そうとした、だけど、拒まれた。だからせめて、料理くらいはして、この家での役割を生み出そうと、そう考えた。だってそうじゃないか、何もしていないのに、ただただ与えられ続けてもらえるだなんて、
………そんなの、家族みたいじゃないか。
私は首を振り、その考えを打ち消す。あまり調子に乗るな、彼は私が弱いJKだから、可哀そうだから養ってくれているだけ。血のつながった人たちとまともに「家族」をできなかった私が、偉そうなことを言ってはいけない。新田さんと私は赤の他人、それだけ。だけど、とめを上げてミラー越しに彼の顔を眺める。運転に集中している彼の眼は、私がいることに一ミリも違和感を覚えていないように見える、期待しすぎだろうか。だけど、もしもしこんな私でも神様が、……彼が許してくれるのなら、
「ねえ、新田さん。」
「どうした?凛?」
直接目が合わない今なら、言える。
「もう少しだけ、甘えてもいい?」
「もちろん、何を今更。」
この心地よくもいびつな関係を、もう少しだけ、続けさせてほしい。
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