第8話 アラサーとJK、ランチタイム

 買い物も終わり、俺と凛はデパートの最上階にあるレストラン街に来ていた。休日の昼時という事もあってどこの店もなかなか混雑しており、外に出された椅子は8割がた誰かが座っているような状態だった。


「やっぱり混んでるなー。」

「そうだね、時間も時間だし、しょうがないね。」

「なんか食べたいものとかあるか?」

 俺が尋ねると、うーんといいつつふらふらと凛は目に入るお店の食品サンプルを覗いていく。

「とりあえず、一通り見て回るか。」

「そーだね、そうしようか。」

 ディスプレイを見ながら返事をする凛、俺も凛の横に行き、一緒に見て回っていった。和洋中、デパートの色々なレストランを見て回った。しかし……、


「うーん……。」

「どうだ?いい感じの所あるか?」

「そうだねー、なんていうか、あんましピンとこないっていうか……。」

 凛は腰を曲げて険しい顔でディスプレイを見つめている、さっきからずっとこの調子だ。おそらく本人はバレないようにしているつもりなのだろうけど、


(「やっぱり、値段か……。」)


 さっきから凛の目が食品サンプルに向き少し「おっ」という表情をし、その後下に掲げられている値段のプレートを見て、すぐに眉間にしわが寄る。その繰り返し。デパートの最上階に顔を連ねるような店ばかりだから、気軽にランチと洒落こむにはすこし値が張る。それに加えて凛の性格だ。つい二の足を踏んでしまうのだろう。


「別に値段の事は気にしなくてもいいんだぞ。」

「い、いや、全然、気にしてない気にしてない。」


 気にしなくてもいいとは言ったものの、凛からは案の定の返事。正直こうなったときにどうすればいいのかは正直思いつかない。どうしたものかと考えていると、凛は何か思いついたかのようにアッと何か思いついたように背筋を伸ばすと、こちらに向き直る。


「新田さん、私、行きたいお店あった。」

「お、そうか。で、どこだ?和洋中何でもいいぞ。」

「えーっとね……」

 おずおずと切り出す凛、そして俺達は凛の行きたい店に向かって行った。



「じゃあ、いただきます。」

「いただきまーす。」

 家の食卓でやっているようにきちんと手を合わせ、凛は包み紙を向きレタスのはみ出たハンバーガーを食べる。

「おいしー!」

 口の周りに着いたニコニコでオレンジジュースを飲む凛に、俺はつい尋ねる。

「なあ」

「ん?何?」

「ホントに良かったのか?そんなに気を遣わなくても、もっといい店でよかったんだぞ?」

「いいの、ハンバーガー食べるの久しぶりだし。」


 結局俺達はレストラン街から下り、一階のフードコートにあるハンバーガーチェーンで食事をとることとなった。いやまあおいしいけど、ハンバーガー。俺も包み紙を取り、ハンバーガーにかぶりつく。うーん、このわざとらしい位のテリヤキ味、久々に食べたが、ザ・ハンバーガー食ってるって感じがして旨い。本場にはこんな味ないんだろうが。


「このジャンク感、たまらないね。」

「確かに、しばらく食べてなかったけど、やっぱりうまいな。」

「久しぶりなんだ、男の人ってこういうのばっかり食べてるもんだと思ってた。」

「最近外食もしてなかったし、宅配するほどの事はないなって感じだったからな。」

「ふーん、じゃあ私とおんなじだ。」

「まあ、そうなるな。」

「凛は……」

「何?」

「いや、なんでもない。」


 凛はこういう店、昔はよく言ってたのかなんていう質問は済んでのところで言葉にはならなかった。昔はよく言っただなんて別にどうでもいいじゃないか、大事なのは今、何を食べて何をしているかが、俺達には大事なんだ。

 そんなことを考えながら、ふと凛の方を見ると……


「じーっ」


 無言だが、凛の視線がそう喋っていた、その瞳に映るのは俺の手元、というかてりやきバーガー。口から架空のよだれが見えそうな勢いで見つめている。


「あー、食うか?」

「え、いや、大丈夫大丈夫!全然食べたいとか思ってないから。」

 字面だけ見るといつも通りの遠慮がちな凛のセリフだが、いつもと違い全然喜びを隠せていない。声は少し上ずり、眼はキラキラしている。


「俺よく考えたらあんまりお腹空いてなかったしな。食っていいぞ。」

「ホントに!?いいの!?あ、じゃあ代わりに私のも……」

 そう言い彼女は自分のハンバーガーが入っていた包み紙を見るが、見事に完食されており、レタス一枚残っていない。うるうるとした瞳でこちらを上目遣いで見つめてくる。

「俺お腹空いてないって言ったろ?好きに食っていいぞ。」

「ありがとう……」

 俺の食いかけでいいのかという質問をするよりも早く、そのままかじりつく凛。その食いっぷりを見てると思わず頬が緩む。


「ふう、ごちそうさまでした。」

「ごちそうさまでした。」

 凛はそのまま俺のハンバーガーまで完食する。彼女が食べ終わるのに合わせて、俺も最後のポテトを食べ、手を合わせる。


「ふう、おいしかった……ごちそうさまです、新田さん。」

 テーブルナプキンで手をふきつつ、凛は俺にもぺこりとお辞儀をする。


「どういたしまして、っていうかそんなにハンバーガー好きだったら、初めからそう言えばよかったのに。」

「いや、私も私がこんなにハンバーガー好きだって、初めて気づいたんだよね。」

 不思議な言い回しをする凛に俺は困惑していた。そんな俺の様子を見かねてか、凛は話始めた。


「いや、ハンバーガー自体はもともと好きなんだよ。中学の頃よく友達と学校帰りにお店行ったりしてたし。だけど、久しぶりに外で食べたら、なんか、私今自由なんだなーって、楽しいなーって、なんていうか、そんな感じ。」


 そう語る彼女の眼は、晴れやかだが、どこか遠くを見ていた。その表情が俺が今まで見てきた10代のそれとは似ても似つかず、俺は思わずおどけて言う。

「まあ、ウチじゃこれくらいが当たり前だからな!ハンバーガーくらいで感動されてちゃ、この先身が持たないぞ。」


 凛にこんな考えをさせるようじゃ、まだまだかもしれない、そう思った、だが。


「うん、そうだね。楽しみにしてる!」

 凛がこういう表情をしてくれるなら、案外いい調子なんだろう。


「よーし、じゃあ次は服でも買いに行くか!」

「いーよ別に、この服とジャージさえあればどうにかなるよ。」

 苦笑いしながら、俺の貸したTシャツをつまむ凛。


「凛……お前ホントに華の女子高生か?若いうちのおしゃれは若いうちにしか出来ないんだぞ?」

「うわ、今の凄いオッサンくさい。」

 煽るように言う凛、恐らくそのまま煽ってうやむやにしてしまう魂胆なのだろう。だが俺はそんな手には乗らない。


「そう、俺はもうおしゃれも出来ないオッサンなんだ、だから俺にあの頃の青春を見せると思って、付き合ってくれよ。」

 凛はうーん、と少し悩んだ後、割り切ったように顔を上げ、にこりと笑った。

「よし!そういう事ならよろしくお願いします、好きな服買ってもらっていい?」

「もちろん、凛の好きなだけ買ってやるよ。」


「新田さん、女の子の服の値段見て倒れないでよ?」

「凛こそ、独身アラサーの貯蓄舐めるなよ?」

 悪戯っぽく言う凛に俺も負けじと返す。しばらく見つめあってから俺達は同時に吹き出した。隣に座っていたカップルが怪訝そうに見つめる中、俺達は足取り軽く服屋へと向かって行った。

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