第6話 JKとお出かけの難易度
夕方ごろ、俺は仕事が終わり、帰りの電車に乗っていた。普段より少し早めに帰れたからか電車に乗っている面々も普段とは少し違った色になっている。全体的にくたびれたサラリーマンが減り、学校帰りの高校生が増えているような気がする。窮屈な車内であるが、電車の中で響く声は活気にあふれている。そんな中でもひと際女子高生二人組の声がよく響いてきた。
「リカ、何そのストラップ。」
「あー、似合わない?」
「いや、めっっちゃ可愛い!」
「あはは、そう?」
「誰から貰ったの?はっ……もしかして……彼氏?」
リカと呼ばれた小柄な黒髪ショートカットの少女は、俯いて照れくさそうにこくりと頷く。
「この間一緒に水族館にデート行って、そこでお互いにプレゼントして……」
「うわ~見せつけてくれちゃって~!お熱いねぇ。」
もう一人の背の高い茶髪の子がわざとらしい位に大きなリアクションを取る。まさしく青春な会話に、つい聞き耳を立ててしまう。
「っていう事は、明日も彼とデート?」
「うん……そのつもり」
「そっかー、もう里穂と遊ぶ機会も減っちゃうんだね……。」
「そ、そんなこと無いよ、真衣香は、ずっと、大事な友達だよ。」
「うう……里香ぁ……。」
女子高生二人の一芝居を一通り聞くと、彼女たちは再び談笑し始めた、どこそこのスイーツがおいしかったとか、誰と誰が今いい感じとかそんな感じの話を続けて、少し電車に乗った後、同じ駅で降りて行った。
(「凛も、あんな風にしてたのかな……」)
制服の色も背格好も凛とは異なる二人組だったが、家で待っている彼女に思いを馳せずにはいられなかった。今は俺の家に居ついている彼女だが、本来こんな場所にいるべき子ではない。
凛もさっきの二人組みたいに友達と一緒に帰る日々があったのではないか、そう思えてしまった。あの子が自分で選んだ道だからしょうがない、そんなことを言うのは無責任だ。女子高生があんな道を選ばなくちゃいけなかったほど、大人が守ってやれなかった、そのことはちゃんと理解しないといけない。だからせめて……
(「せめて、彼女の信用に応えてあげないとな……」)
目的地への到着を知らせるアナウンスが鳴り、電車から降りる。駅から出ると近くの居酒屋で青年が呼び込みをしている。プレミアムフライデーを知らせる彼の声は、普段より威勢が良かった。魅力的な彼の誘いを断り俺はまっすぐ家へと帰る。
「そういや、明日土曜か……。」
~~~~
「ごちそうさまでした。」
「ごちそうさまでした、ふう、今日も旨かったな。」
「豚丼なんて誰が作ってもおいしくなるよ。」
なんてことないように、凛は答える。
「案外そうでもないぞ?」
「新田さんならそうでもあるかもね、そっちのお皿頂戴、洗い物するから。」
こちらに手を伸ばす凛に対し、俺は器を引き寄せる。
「いいよ、自分の分くらい自分でやるよ。」
「ほっといたらしばらくお皿洗わないじゃん。汚れ落ちにくくなるから、ほら貸して。」
「そこを突かれると痛いな……」
晩飯を食べ終えて一息すらつかないまま凛は俺から皿を受け取り、洗い物を始める。制服とともに唯一持ってきていたらしい長袖の体操服の上下で洗い物をする姿は、なんとも不思議な光景だった。
「ずいぶん慣れた手つきだな。」
「まあね、基本家で暇なとき、どこに何があるか覚えていったし。」
洗剤を最低限スポンジに出していく。
「暇なときは外に遊びに行ってもいいんだぞ。小遣いだって渡してやる。」
「いらない、別に買いたいものもないし。」
先にお湯につけていたフライパンを洗いながら、背を向けたまま話す。
「そうか、別に遠慮しなくていいんだぞ。欲しいものだっていっぱいあるだろ?」
凛は洗う手を少し止めるが、また洗い物を始める。
「別に、こんな風に住まわせてもらってるのに、これ以上欲しいものなんかないかよ。」
なんてことないかのように言うが、遠慮しているのがひしひしと伝わる。
「成程、一人でどっか出かけるのはやっぱり嫌か。」
「そう、だから私の事はほっといて。」
「分かった、なら、明日一緒に出掛けるか。」
「そう、分かってくれればいいのって………ええっ!?」
びっくりした声の凛、体ごと振り返ったせいで手袋に着いた泡が少し垂れ、慌てて吹き始まる。
「あー、もしかして明日予定あったか?」
「いや、そういうのじゃないけど、っていうか、ここ来てから用事なんてあるわけないでしょ……」
「じゃあ決まりだな。」
「ちょ、ちょっと……。」
凛の事だからこのまま何を話しても遠慮し続けるに違いない。そう思い割と一方的に話を終わらせ、自分の部屋へと戻る。
しかし、ベッドの傍に座りスマホをいじっていると、ふと嫌な想像が頭をよぎる。
(「もしかして今の誘い方、ちょっと強引過ぎたか……?」)
考えてみれば当たり前の話だ。凛的に一人で出かけるのは、居候としての一線を越えているからダメという事だったが、俺と二人で出かけるとなると、それはそれで女子高生として嫌なんじゃないか?兄弟とも親子ともつかないような年齢差の男と一緒に出掛けるなんて、そっちの方が嫌だろ……。
(「マズイ、お互いの壁を無くすどころか、これじゃ逆効果だ……」)
考えれば考えるほど悪手だったのではないかという思いが湧いてくる。俺達は所詮ただの同居人、血縁も何もない二人だ。互いのプライベートには必要以上に関わっていくべきじゃないのかもしれない……。
ただこのまま外出しないというのは間違っていると思う。俺は凛に普通の高校生らしい生活を送らせる、そう決めたんだ。俺のエゴだ偽善だと言われようと、それだけは絶対に曲げるつもりはない。
「そうなるとやっぱり凛が一人で出かけられる時間を作った方がいいか……。」
部屋で小さくつぶやいた声は声の小ささの割に消えずに部屋の中を漂っていた。
「よし」
俺は財布から紙幣を数枚用意し、意を決してリビングへと向かう。凛はいつもの様にリビングのソファーに座っていた。しかし普段と違い、両手を鼻にあてて少し俯いていた。俺も一つ大きく息を吐き、大股で彼女の方へと向かい、先ほど握った紙幣を彼女に差し出す。
「ほら、これ。持っとけ。」
「何急に、お金?……怖いんだけど。」
明らかに不振がっている様子の凛に、俺は告げる。
「そうだ、明日やっぱり一人で行ってくればいいよ。近くにデパートあるから、そこまで送ってやる。」
「え……明日一緒に行くんじゃないの?」
「俺は良いよ。それにお前も一人の方が楽しいだろ。」
「は?」
イマイチ状況を理解できていない表情、俺も事情を説明する。
「さっきは悪かったな、お前の気持ちも考えずに無理に決めちゃって。一緒に出掛けるのなんて嫌だろうに、察してやれなくて。」
「は?いや、ちょっと待って……」
「いや~こういう年になるとあんま年頃の女の子の気持ちとか分かんなくてな、いや~すまんすまん……」
「だから、ちょっと待って!」
手と声で俺の話を遮る凛。
「私、嫌じゃないよ。」
「え?」
「だから、私は一緒に出掛けるの、嫌じゃないから。」
凛から予想外の返答が帰ってきて、思わず変な声が出て、そして固まってしまう。
「誰が?」
凛は細い指でゆっくりと自分を指さす。
「誰と?」
凛はもっとゆっくり手首を回し俺に指を向ける。
「お前……こんな時まで気を遣う事は無いからな……」
「別に気は遣ってないから!むしろ新田さんが気を遣いすぎなんだよ。」
まあ、そう言われてみればそれも確かにそうか……?そう考えていたらさっきの食卓での一幕がよみがえってきた。
「いや、でもお前さっき一緒に出掛けるって話したとき、明らか嫌がってたじゃないか……」
「それは……」
「それは?」
言うかどうかしばらく迷った末にあーもうと頭を掻いてぽつぽつと語りだした。
「いや、正直、一人になってからこんなに良くしてもらったの初めてで……、だからただでさえ迷惑かけないようにって思ってたんだけど、いきなりお出かけしていいなんて言われて、それでテンパっちゃったの!そう、それだけ!」
凛はなんてことないかのように言おうとしているが、これが異常なのは誰の目にも明らかだ。だが凛がこう話している以上、俺も深くは触れない。
「まあ、俺も良かったよ。嫌われてないって分かってさ。」
「そりゃあ嫌いなわけないじゃん。……っていうかこうやって一緒に住んでる時点で、そのくらい察してくれてるもんだと思ってた……」
「お、おう……悪かったな……」
ソファーに座ったまま上目遣いで言ってくる凛になんだか緊張させられる。
「じゃ、じゃあ、明日は一緒に行くってことでいいな?」
「うん、楽しみにしてる。」
お互いにこの話にケリを付けて、俺は自分の部屋、彼女はリビングのテレビをつける。ま、知らないうちに壁は薄くなってるのかもな……
「あ、」
凛がテレビを見ながら何かに気づいたような声を出す。
「どうかしたか?」
「私……服これしかない……。」
凛は今自分が来ている長袖の体操服をくいっとつまむ。
「明日それも買おう……着ていく服は……俺のでいいか?」
こくりと頷く凛、オーバーサイズという概念があって良かったと、この時は心からそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます