第4話 アラサーと彼女疑惑

 チキンライス事件から数日が経った。あれからうちではさらにいくつかルールが決まった。


料理は凛がする、とか、門限は何時にする、とか。全部説明していくと面倒なので省くが、今更話していくのも恥ずかしい位の事も、まあ、たくさん決めた。


 あの事件があってからは凛は比較的感情を見せてくれるようになって、お互いにコミュニケーションは取りやすくなったように感じる。完ぺきとはお世辞には言えないが、まあ、女子高生とオッサンだし、こんなものだろ。


……少なくとも俺の知り合いにJKと同居しているアラサーいないから、保証はできないが。


そんな感じで、俺たちの生活はひとまず小康状態となった。しかし、俺と凛がどうであろうと仕事は容赦なく降りかかってくるものだった……。


一通り午前の仕事を終え、大きく伸びをする。今年に入ってから、肩を回すとパキパキ言うようになった。気持ちよさと共に、空しさを覚える。


「じゃあ俺、一旦昼休憩入ります。」

「あ、お疲れ様でーす。」


 隣の席の同僚に一声かけて席を立つ。今日は何と凛が弁当を用意してくれている。

鞄の中に手を入れようとすると、俺の斜め前方にいたはずの頭が見えない。なんとなく嫌な予感がする、さっさと出るか……。


さっと振り返ると、椅子が何かにぶつかる。

「うおっ、痛っ……」

そのままうずくまった茶色を見下ろしながら、声をかける。


「何やってんの、水原。」

「先輩、ちょっと勢い強くないですか」

「誰のせいだと思ってんだ。」


カールのかかった頭をさすりながら、立ちあがる。ぱっちりした目は細められ、俺を軽く睨みつけてくる。こいつの名前は水原楓子、入社2年目の新人社員。年齢の割には仕事の覚えも早いし人当たりもいい。可愛らしい見た目と明るい雰囲気で、オジ様役員さん達にも大好評、なのだが……


「先輩、ひょっとして午前のお仕事終わりました……?」

「あのなあ水原……仕事中に大声出すなとは言ったけど、もっと離れて喋れ。」

 この通り、距離感とテンションの変な後輩だ。


「この資料案、読みずらいって言われちゃったんで、修正点教えてください!」

「お、お前……」

「いいじゃないですか、教育係のよしみで。」

「もうお前の教育係は卒業したはずなんだけどな」

「いや~そんな水臭いこと言わないでくださいよ~」

さらに、俺の昔の教育係だったりするため、良く俺の席まで来て仕事を聞きに来る……。


「で、どこが分かんないんだ?」

「やった~!なんだかんだ言って手伝ってくれる先輩大好き~」

「調子いい事ばっかり言いやがって、俺も昼休憩だから、時間は取れないぞ。」

とは言え、昔仕事を教えた相手、無視するのも忍びなく、結局お願いを聞く羽目になっている。


 結局弁当は仕舞い、水原の席に着く。分からないところを聞き、パソコンを叩きながら話しかける。


「そういや、そういえばこないだの資料部長が褒めてたぞ。」

「え、ホントですか!」

「おー、よく纏まってるって言ってたぞ。」

「いや~、それほどでもないですよ~。まあでも、ついに私の実力が知られちゃいますかね~」


 人にキーボードを叩かせながら、当人は調子に乗って少し長めのウェーブがかった髪の先っぽをくるくる触っている。コイツ……。


「それなのに、何で褒められてたはずの資料作成が出来ないんだろうなぁ。優秀な水原君は。」

「う、それは……ほら、あれですよ。先輩と一緒に午前の仕事終わらせて一緒にお昼行きたいな~っていう、後輩の気持ちなんですよ。」

もう、言わせないでくださいっ!と後ろから☆でもついてそうなトーンで言われる。


「はいはい、優秀な水原と一緒にお昼出来て光栄です。」

「何ですか先輩、その言い方距離感じるんですけど……。」

そんな、距離なんてとんでもない。


「水原さんと一緒にお昼だなんて、あまりに恐れ多いので、僕は一人でご飯頂かせてもらいます。」

「もっと距離感じる!」


 水原との掛け合いは心地いいが、こんなやり取りしてたらたかが資料作成とはいえ時間がかかってしょうがない。俺もだんだんと口数が減り、水原も察してか、俺の作業を眺め、話しかけてこない。


 お互い黙ったままで作業は終盤。もうすぐ俺も昼休みに入れるというところで背中に感触を覚える。水原が俺のシャツを不思議そうな顔をして引っ張っていた。


「なんだ。」

「最近先輩のシャツ……パリッとしてますね。」

俺が話しかけても、不思議そうな顔でシャツを引っ張るのをやめない。


「それが……どうかしたか?」

「いえ、先輩のシャツって、元々もっとヨレヨレな感じだったんですよ、」

「よれよれって、俺はずっと昔からアイロンかけてるぞ。」

 確かに最近は凛がアイロンをかけてくれているが、それまでは俺がちゃんとやっていた。


「いえ、ここ数日で明らかにアイロンが上手くなってます。前は雑な男の人が掛けたって感じだったのに……」

「え、俺のアイロン、そんな下手だった……?」

 変な流れ弾が飛んできて、無駄に傷つけられる。だが、水原は止まらない。


「それだけじゃないです!最近妙に血色もいいですし、残業もしてない……。」

「別にいいだろ、そのくらい。」


「それに私が仕事先輩に放り投げた時の対応も優しくなってます。」

「お前、自覚あったんだな……」


 俺の指摘も意に介さず、水原は手を口に当ててブツブツと喋る。と思ったら突然何か思いついたかのように止まる。水原は犯人を追い詰める探偵の様な鋭い目つきで俺を見つめ、普段より低い声でぽそっと呟く。


「女か……」

 凛の事がバレるわけはないが、思わずビクッとしてしまう。


「あー今ビクッとした!」

「してねぇよ!」

「いーやしましたね!私は見逃しませんからね、彼女ですか、同棲中の彼女が出来たんですよね!」

「違うよ、残念ながら。」

 自分で否定するのも辛いものがあるな。しかし水原はそんな俺の苦しみに気づかずまくし立てる。


「飲み会では彼女いないなんて言ってたのにしれっと女引っ掛けて同棲してるんだ!私が知らないところで私の知らない女とよろしくやってるんだ……」

「ちょ、ちょっとだからお前声がデカいって……」


 昼間に同僚に聞かせるにはあまりに人聞きが悪すぎる。誰か助けてくれないか周囲を見渡すも、皆デスクに集中している。あー、みんな仕事しててえらいなぁ……。


「お、落ち着け水原。いないから、別に彼女出来たわけじゃないから!」

「ホントですか?先輩、今もモテてないんですか?」

「ああそうだ、全っ然モテてないから!」

 何を昼間っから言わせとんだこのアマは。


 周りの女性社員たちの「あ、お疲れ様です……」みたいな微妙な表情が深々と刺さる。が、俺も恥をさらしただけあって水原は落ち着いてくれたようだった。

「すみません、取り乱して。」

 我に返ったのか少し呼吸は早いが、水原は申し訳なさそうに頭を下げる。


「いいよ別に、心配してくれてありがとな。」

「いや、心配っていうか、まあ心配って言えば心配ですけど……」

 水原はもごもごと何か言ったかと思ったらいうと、満面の笑顔でこちらに向き直る。


「それじゃ、お昼ご飯食べに行きますか。先輩今日もコンビニですか?それとも何か買っていきます?」

「俺は今日はいいかな。」

「あー、もしかしてどっかお店で食べていきます?それだったらすみません、お時間とらせる上に、奢ってもらうなんて……。」

「何で奢られるんだよ。」

 しかも一緒に行く前提だし。申し訳なさそうに手を合わせる彼女に対し、俺は自分の席から今日の昼ごはんを取ってきて、彼女に見せる。


「俺、今日弁当だから。」


 それを見た水原の顔はみるみる青ざめていく。そして、彼女は一つ大きく息を吸ってこう言った。


「やっぱり彼女じゃん!!!!!」




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