第3話 食卓にて
少女との共同生活を初めて一日目、俺はスーパーで買い物をしていた。今までは男一人暮らしだったから何でも適当に済ませていたが、今となっては事情が変わった。
「あの様子じゃロクに食ってないだろうしな……」
俺がいない間の飯はうちにあるパンや冷食を食べるよう書置きしておいたが、今後もずっとそんな生活をさせるわけにはいかない。おれも預かると決めた以上はそれ相応の責任がある。
取り敢えず体に良さそうなものを適当にかごに入れ、レジに向かう。普段は仕事もあってやる気が出ないが、今日は料理をするのが楽しみだった。
「ただいまー」
俺はドアを開ける、しかし夕方とは言えもう冬の暗い家の中は、電気が一切ついていなかった。電気を付けても、誰も見当たらず、古い蛍光灯の音が鳴るだけで、物音ひとつしない。
「ま、そりゃ帰るか、こんなオッサンの家……」
たぶん彼女は既に出て行ったのだろう、まあこんなオッサンを信用しろというのも土台無理な話か……
左手に持ったスーパーの袋がずっしりと重さを増してきてその辺の床にどさっと落とす。
「とりあえず手洗うか。」
誰に聞かせるわけでもなくそう呟いて、洗面台に向かう。すると……
「うぉっ……!」
「あ、オジサン、お帰り。」
「お、おう、ただいま……、っていうかお前、何でそんなとこ座ってんだ」
いないと思っていた少女が、洗面台に向かう廊下の奥に、座っていた。出会った時の制服を着たままで、体育座りをして寝ぼけ眼でこちらを見あげる。格好としては体育館の集会で寝ていたような格好だ。俺はというと完全にいないと思っていた彼女の出現に、完全に不意を突かれて思わず声が出るが、何とか平静を装う。
「なんで、って……とりあえず、邪魔にならない場所にいようと思って。」
「邪魔って……」
「違うの?」
「違う。なんなら帰ったんじゃないかと心配したんだぞ。」
「心配、してくれたんだ……。」
俯き、少し嬉しそうに彼女は言ったように見えた。どう見ても演技には見えないその仕草が彼女の今までいた境遇を連想させ、いたたまれない気分になる。
「よし、じゃあメシ作るか。今日買い物行ってきたんだよ。」
「何作るの?」
「なんとな……オムライスだ!」
「おお……」
必要以上にもったい付けて発表すると、彼女も感嘆の声を上げて、ぱちぱちと手を叩く。
「よし、じゃあ作るからな。お前はそこのソファーにでも座ってろ。」
「いや、でもそんな何もしないわけには……」
「何変なところで遠慮してんだ。良いよそのくらいゆっくりしてなって。それとも、あのソファーじゃ不満か?」
「ううん……正直、かなり気持ちよかった。あんなに気持ちよく寝れたの、久しぶりだった。」
「まあな、あのソファー家で一番高いしな。快適じゃなきゃ困る。」
満足げな彼女を見て、買った俺も嬉しくなる。趣味に金のかからない独身サラリーマンだからというものあり、何かに金を使わなきゃいけないような気がして普段行かないような家具屋に高い買ったソファーだ。やや分不相応の買い物をしたと当時は思ったが、大活躍している。
「あんなところで寝てたんじゃ疲れも取れないし、大して時間かかんないけど、ちょっとでも横になってな。」
「じゃあ、うん、ありがとう……」
「おう、休め休め。」
俺がそう言うと彼女はそそくさとソファーの方へ向かう。一人取り残された俺は着替えて久々にエプロンを付けてキッチンへ向かう。
「よし、それじゃ始めますか……」
彼女の様子を分析するにまだ警戒心を解いていないようだ、何をするにも俺の顔色を見つつって感じだ。そんな彼女との距離を縮めるとはいかずともせめて警戒は解くために……俺は、絶対に上手い料理を作って見せる!!
「待ってろよ~、上手いオムライス作ってやるからな~!」
思わず甲殻が上がる、誰かのために料理をするなんて久しぶりだ、腕が鳴るぜ。
~~~30分後~~~
「………」
「………」
俺と彼女は向かい合い、お互いがお互いに気まずい表情を浮かべて、今日の晩飯を見つめていた。が、その沈黙を彼女が切り裂く。
「え、っと……」
「待て、それ以上は言わなくていい。」
「えっと、その、おいしそうな、チキンライスだね。」
「すまん……!思ったより、思ったより卵が難しくてな……」
「いやいや、謝らないでよ。私、チキンライス好きだよ。」
お察しの通り、久々の料理は失敗した。チキンライスまではうまくいったのだが、調子に乗ってレストランとかでよく見る上で割るタイプの卵にしたのが問題だった。慣れない卵は上手くまとまってくれず、成型に苦心しているうちに香ばしいにおいを立ち上げていた。チキンライスを掬うスプーンと皿が当たる音がカチャカチャと響く。髪をかき上げてオムライスを食べる所作もなんとも様になる。
「おいしいね。わたしチキンライスなんて久々に食べたよ。」
「そんな、悪いな、気を遣ってもらっちゃって。」
「ううん、こんなの久しぶりに食べた……。本当に、おいしい……」
段々と絞り出すような声で彼女は褒めてくれる。アラサーが年端も行かない少女に慰められる図、なんともみっともない。
「「ごちそうさまでした。」」
「じゃあ、洗い物するか、皿こっちによこしてくれ。」
「あの、ちょっといい?」
「ん?どうした?」
俺に合わせて、彼女も上品に手を合わせる。皿を貰おうとすると、体を少し揺らし、背筋を伸ばして、少し緊張した面持ちで彼女は口を開く。
「あの、私、今までこんなによくしてもらえたの、初めてで、だから、おじさんにはすごく感謝してるし、だけど、私から、何もしてあげられないから、だから……」
そう言うと彼女はゆっくりと制服の上着に手をかける。
「おじさんなら……っっ!」
ぞわっとした悪寒が足元から駆け上がってきて、その続きを言わせてはならないと勢いよく彼女の肩を掴んでいた。
「二度と……二度とそんなこと言うなよ……!もしそんなこと言ったら今すぐこの家叩き出すからな!」
「ご、ごめんなさい。」
彼女のおびえた様子を見て少し冷静になり、彼女の肩から手を離す。彼女が悪くない事はよくわかっている、彼女は自分なりに出来ることをしようとしただけなのだろうし、今まで彼女を取り巻いていた環境は彼女にそうすることを求めてきたのかもしれない。しかし、理解は出来ても、納得は一切できなかった。これを許してしまえば彼女はどこまでも自分の価値を見失ってしまうだろう。
自分を傷つけすぎると、何時か痛みは麻痺し、傷つけている事すら分からなくなってくる。もし立ち直れたとしても、そのころには取り返しのつかないところにいるだろうし、自分を傷つけた過去の自分を、未来の自分は憎むだろう。そして、憎んでもどうにもならないことに気づくのだ。俺にできることはせめて彼女の傷が深くないことを祈り、彼女がその傷を癒せる環境を作る。それだけだと思った。
彼女はまるで万引きがバレた子供のように手をぎゅっと固く閉じ足の上において、黙って座っている。そんな彼女を見て、俺は宣言する。
「お前との生活を始める前に、何個かルールを決めたいと思う。」
「え……?」
予想外の言葉が俺から出たからか、顔を上げ、意外そうな表情をする。
「まず一つ目、俺はお前みたいなガキんちょ、これっぽっっっちも興味ない。」
「が、がきんちょ……」
「そうだ、お前はガキだ、子どもだ。」
「い、いや、これでも私同級生の中じゃ……」
「————だから、ガキはガキらしく、大人に守られてればいいんだよ。」
彼女はハッとして、口を真一文字に結び、こみ上げてくるものを止めるように体をぐっと伸ばし、硬くする。
「だからルールその一、年相応に振る舞う事、お前は子供らしく伸び伸び育ち、俺はそれを見守る。いいか?」
彼女は目に涙をためながら、こくこくと頷く。彼女が納得した様子を見て、俺は続ける。
「そしてルールその2、お互い言いたいことがあったら我慢しない。我慢は毒だからな、褒めたいことも直してほしい事もちゃんという事。いいな。」
再び頷く彼女、その目には涙が浮かんでいるが、口角は上がっている。
「とりあえずこんな感じだな。お前からも何か提案あるか?」
「あー、それなら1つ、いい?」
「おう、言ってみろ?」
彼女は目元をぬぐって、楽しそうに提案してくる。
「ルールその3お互いの事は名前で呼び合うこと。」
「名前、か……。」
「そう、一緒に暮らすならお前とか、オジサン、とか変でしょ」
確かにその通りだと、納得していると彼女はしてやったりな表情だ。
「それで、オジサン名前はなんて言うの?」
今までで一番うれしそうな笑みを浮かべて尋ねてくる彼女に、俺も笑みを浮かべて返す。
「新田だ、新田智弘」
彼女は口の中で新田…新田と反芻する。
「うん、いいね、私は凛、よろしくね、新田さん!」
「ああ、よろしくな、凛。」
「えへへ、新田さん。」
「おう、どうした、凛。」
「ううん、なんでもないよ、新田さん。」
それから凛は少し新田さん、新田さん、と嬉しそうに俺の名前を呼び、俺も彼女の名前を呼び、返事をしていた。他人から見たらおかしな光景だろうが、俺達は満足していた。昨日会ったばかりで、ついさっき名前を知ったばかりなのに、凛の名前は不思議と口になじんだ。しばらくそうしてから、俺達は改めて立ちあがった。
「それじゃあ、これから一緒に頑張っていこうな、凛。」
「うん、頑張ろうね、新田さん。」
そうして凛は手を差し伸べた。俺がその手をぐっと握り返すと、彼女はそれ以上に力強く、握り返してきた。
凛との生活が、本当の意味で始まった。
面白かったらぜひ高評価、コメントいただけると幸いです~
JK、拾ってみた。 尾乃ミノリ @fuminated-4807
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