第3話 アラサーとJK、食卓で話し合う
俺の家に、新しい家族が増えた。ペットでもなく、残念ながら彼女でもなく、なぜか知らない少女をウチに泊めることになった……。そんな俺の人生に大きな変化があった、その次の日……。
「む……」
俺はスーパーで食材とにらめっこをしていた。今までは男一人暮らしだった分、食えればいいの概念で、適当に済ませていた。だが、これからは、少なくとも今日はそういう訳にはいかない。
「あの様子じゃロクに食ってないだろうしな……」
俺がいない間の飯はうちにあるパンや冷食を食べるよう書き置きをしたが、今日の夜もそんな風にするわけにはいかない。預かると決めた以上はそれ相応の責任が生じる。そう意気込んできたはいいものの……正直、何を買えばいいか見当もつかない。
「取り敢えず卵はマストだろ……あとは、野菜買って肉も買って……」
栄養の高そうなものをぽいぽいとカゴに入れていく。左手にかかるカゴの重みが何だか心地よい。おお、こうしてみると意外と楽しいな、買い物。普段は料理何かしないが、今日はなんだか楽しみだった。調子に乗って買いすぎた感じがあるが、その辺は未来の俺がどうにかしてくれるだろう……。意外と自炊ってお金かかるよな……。
自宅のマンションに戻るが、光はついていない。重いレジ袋を持ちながら、ドアのカギを開ける。
「ただいまー」
部屋は真っ暗で、人の気配は感じない。電気を付けても、蛍光灯が空しく光るだけで、物音ひとつしない。
「ま、そりゃ帰るか……。」
あの少女はたぶん帰ってしまったのだろう、まあ、見ず知らずの男を信用しろってのも、どだい無理な話かと思うが……。
今は、買った食材が無駄になったという残念さよりは、不安が勝っていた。出ていくのは彼女の自由だが、彼女に行く当てはあるんだろうか、見たところお金も持っていないようだったし……
もし明日の朝刊に閑静な住宅街で少女が倒れていたなんて記事、出たら笑えない。しかし、俺にできることは特にない、買った食材が日持ちするかどうか考えるだけだ。
「とりあえず手洗うか。」
まあ、出て行ったのなら、結局その程度の運命だったってことだろ。そら、手向けに鼻歌でも歌ってやるか。
ふんふん言いながら、ドアを開けると、中から黒い塊が現れる。
「うぉっ……!」
思わず後ずさると、その影はにゅっと動いた。
「あ、オジサン、お帰り。」
影の正体は、昨日の少女だった。
「お、おう、ただいま……、っていうかお前、何でそんなとこ座ってんだ」
少女は、洗面台に向かう廊下の奥に、座っていた。制服を着たまま、体育座りをして寝ぼけ眼でこちらを見あげる。完全に不意を突かれて思わず声が出るが、平静を装う。
「なんで、って……とりあえず、邪魔にならない場所にいようと思って。」
「邪魔って……」
「違うの?」
不思議そうに聞いてくる。
「違う。なんなら帰ったんじゃないかと心配した。」
「そっか……ありがとう。」
立ち上がり、裾をパタパタと払う。うつむき、嬉しそうにする彼女は、なんともいたたまれなかった。
「よし、じゃあメシにするか。今日買い物行ってきたんだよ。」
「私も?いいの?」
それ以上は返事はしない、これが当たり前だと思ってもらわなければ困るからだ。
「今日の飯は、オムライスだ!」
「おお……」
「好きか?」
「うん、大好き。」
「そうか、そりゃよかった。」
必要以上にもったい付けて発表すると、彼女も感嘆の声を上げて、ぱちぱちと手を叩く。
「よし、じゃあ作るからな。お前はそこのソファーにでも座ってろ。」
「いや、何か手伝うよ。」
「遠慮するな。昨日の今日で疲れてるだろ。」
「いや、別に疲れてないよ?」
「嘘つけ、疲れてない奴があんなところで寝るわけないだろ。」
うっ……と言葉に詰まる少女。その隙に、気になっていたことを聞く。
「昨日はソファーで寝てただろ、なんでまたあんなところで。」
「いやぁ、昨日はつい、なんていうか、出来心で……」
「出来心って言うなら今日の方を出来心って言ってほしいんだけどな……」
申し訳なさそうにする少女に、違う意味で頭を抱える。
「あのソファーじゃ不満か?」
「あ、ううん!すっごい気持ちよかった!ホントに!」
焦ったように手を振り、答える少女。
「まあな、あのソファー家で一番高いし。快適じゃなきゃ困る。」
趣味に金のかからない独身サラリーマンだからというものあり、何かに金を使わなきゃいけないような気がして普段行かないような家具屋に高い買ったソファーだ。たまには活躍してくれないと。そう考えていると、少女はおずおずと聞いてくる。
「じゃあ、私はソファーで休んだ方が、いいかな?」
「何だその聞き方、いいよ、休め休め。」
俺がそう言うと彼女はそそくさとソファーの方へ向かう。一人取り残された俺は着替えて久々にエプロンを付けてキッチンへ向かう。
「よし、それじゃ始めますか……」
彼女は多分まだ警戒心を解いていない、何をするにも俺の顔色を見つつって感じだ。別に心の距離を縮めたいとは思っていない。ただ、この家にいることへの警戒を解いてほしい。そのために、俺は胃袋を掴んで見せる!
思わず口角が上がる、誰かのために料理をするなんて久しぶりだ、腕が鳴るぜ。
~~~40分後~~~
「………」
「………」
俺と彼女は向かい合い、お互いがお互いに気まずい表情を浮かべて、今日の晩飯を見つめていた。が、その沈黙を彼女が切り裂く。
「え、っと……」
「待て。」
「その、美味しそうな」
「皆まで言うな……!」
「えっと、その、おいしそうな、チキンライスだね。」
俺の制止にも関わらず、彼女は残酷な事実を告げる。
「すまん……!思ったより、思ったより卵が難しくて……」
「いやいや、謝らないでよ。私、チキンライス好きだよ。」
お察しの通り、久々の料理は失敗した。チキンライスまではうまくいった、と言うか失敗しようがない。だが……、調子に乗ってレストランとかでよく見る上で割るタイプの卵にしたのが問題だった。
「まあ、初心者のアレンジは、失敗の一番の理由っていうしね……。」
「それ、フォローになってないぞ……」
「あ、ごめん……。」
再びの沈黙。
「と、取り敢えず食べよっか!頂きます!」
「おう、頂きます。」
気の置けない空間を作るための飯だったはずなのに、逆に気を遣われている、なんとも恥ずかしい。オレンジ色がスプーンの上で映えている。
「うん、おいしい!これすごいおいしいよ。」
「そうか……」
「うん、わたしチキンライスなんて久々に食べた~。」
やった~といいつつ、ニコニコと食べてくれる、その顔に先ほどの様な緊張感は無い。一応、成功、なのだろうか……。
「そう言ってくれるなら、作った甲斐はあった、のだろうか……。」
「うん、誰かの料理食べたのなんて、ほんと久しぶり。だから、すごい嬉しい……。」
絞り出すような声で彼女は喜んでくれる。これ以上言葉は必要がないような気がして、黙々と食べ続けた。不快な時間では、決してなかった。
「「ごちそうさまでした。」」
「じゃあ、洗い物するか、皿こっちによこしてくれ。」
「あの、ちょっといい?」
「ん?どうした?」
俺に合わせて、彼女も上品に手を合わせる。皿を貰おうとすると、体を少し揺らし、背筋を伸ばして、少し緊張した面持ちで彼女は口を開く。
「あの、私、今までこんなによくしてもらえたの、初めてで、だから、おじさんにはすごく感謝してるし、だけど、私から、何もしてあげられないから、だから……」
そう言うと彼女はゆっくりと制服の上着に手をかける。
「おじさんなら……いいよ?」
ぞわっとした悪寒が足元から駆け上がってきて、その続きを言わせてはならないと勢いよく机をたたいていた。
「二度と……二度とそんなこと言うなよ……!次そんなこと言ったら今すぐこの家叩き出すからな!」
思わず大きい声が出てしまう。そんな素振りは無かったのに、動揺が止まらない。
「ご、ごめんなさい。」
彼女のおびえた様子を見て少し冷静になり、彼女の肩から手を離す。彼女が悪くない事はよくわかっている、彼女は自分なりに出来ることをしようとしただけなのだろうし、今まで彼女を取り巻いていた環境は彼女にそうすることを求めてきたのかもしれない。しかし、理解は出来ても、納得は一切できなかった。これを許してしまえば彼女はどこまでも自分の価値を見失ってしまうだろう。
自分を傷つけすぎると、何時か痛みは麻痺し、傷つけている事すら分からなくなってくる。もし立ち直れたとしても、そのころには取り返しのつかないところにいるだろうし、自分を傷つけた過去の自分を、未来の自分は憎むだろう。そして、憎んでもどうにもならないことに気づくのだ。俺にできることはせめて彼女の傷が深くないことを祈り、彼女がその傷を癒せる環境を作る。それだけだと思った。
彼女はまるで万引きがバレた子供のように手をぎゅっと固く閉じ足の上において、黙って座っている。そんな彼女を見て、俺は宣言する。
「お前との生活を始める前に、何個かルールを決めたいと思う。」
「え……?」
怒られると思ったのか、予想外の言葉が俺から出たからか、顔を上げ、意外そうな表情をする。
「まず一つ目、俺はお前みたいなガキんちょ、これっぽっっっちも興味ない。」
「が、がきんちょ……」
「そうだ、お前はガキだ、子どもだ。」
「い、いや、これでも私同級生の中じゃ……」
少女は何か不満なのか、口を尖らせる。
「だから、ガキはガキらしく、大人に守られてればいいんだよ。」
彼女は口を真一文字に結び、こみ上げてくるものを止めるように体をぐっと伸ばし、硬くする。
「だからルールその一、年相応に振る舞う事、お前は子供らしく伸び伸び育ち、俺はそれを見守る。いいか?」
彼女は目に涙をためながら、こくこくと頷く。俺も話を続ける。
「そしてルールその2、お互い言いたいことがあったら我慢しない。我慢は毒だからな、褒めたいことも直してほしい事もちゃんという事。いいな。」
再び頷く彼女、その目には涙が浮かんでいるが、笑っている。
「とりあえずこんな感じだな。お前からも何か提案あるか?」
「あー、それなら1つ、いい?」
「おう、言ってみろ?」
彼女は目元をぬぐって、楽しそうに提案してくる。
「ルールその3お互いの事は名前で呼び合うこと。」
「名前、か……。」
「そう、一緒に暮らすならお前とか、オジサン、とか変でしょ」
確かにその通りだと、納得していると彼女はしてやったりな表情だ。
「それで、オジサン名前はなんて言うの?」
今までで一番うれしそうな笑みを浮かべて尋ねてくる彼女に、俺も笑いかける。
「新田だ、新田智弘」
彼女は口の中で新田…新田と反芻する。
「うん、いいね、私は凛、よろしくね、新田さん!」
「ああ、よろしくな、凛。」
「えへへ、新田さん。」
「おう、どうした、凛。」
「ううん、なんでもないよ、新田さん。」
それから凛は少し新田さん、新田さん、と嬉しそうに俺の名前を呼び、俺も彼女の名前を呼び、返事をしていた。他人から見たらおかしな光景だろうが、俺達は満足していた。昨日会ったばかりで、ついさっき名前を知ったばかりなのに、凛の名前は不思議と口になじんだ。しばらくそうしてから、俺達は改めて立ちあがった。
「それじゃあ、これから一緒に頑張っていこうな、凛。」
「うん、頑張ろうね、新田さん。」
そうして凛は手を差し伸べた。俺がその手をぐっと握り返すと、彼女はそれ以上に力強く、握り返してきた。
凛との生活が、本当の意味で始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます