第2話 アラサー、JKを拾う
「おじさん、私を拾ってくれない?」
まだ幼さが残っているが出会う人のほとんどは美人だという顔立ち。触れずともサラサラであることが分かる、長く伸ばした黒髪。そして、極めつけは……
(どっかの学校の制服……!)
通学しているところを見かければ大抵の人が二度見しそうなくらいな美少女が、そこに立って、こちらを向いている。ニコニコとした笑顔は、その表情が自分の武器であると、明らかに分かっている表情だ。そんな可愛い女の子が、今迫ってきている……はぁ?
(待て待て、冷静になれ新田智文……、落ち着いて、あくまでも落ち着いて今の状況を整理してみよう)
偉大な人間はどんな時でも平静さを失わないものだ。どっかの本で読んだようなセリフを掲げて俺は目を閉じ、一つ深呼吸をする。
えーと、深夜のコンビニの前で、アラサーと一緒にいる女の子、今なら「拾ってください段ボール」も付いてくる…………。
なるほどなるほど、よーく分かった。やはり人間冷静になると違うな、つまりこれは、
(どう考えても事案じゃねぇか!!!!!!!!!)
うん、ヤバいなこれは。100人に聞いたら、100人が答えず逃げ出すレベルだわ。よし、これはヤバい奴だ。最悪、誘いに乗ったが最後、コンビニの裏から怖いお兄さんたちが出てくる奴だ。
「ねえ、何で逃げるの。」
背を向けた瞬間に、彼女にとがめられる。
「……」
「これ、見えない?」
恐らく少女は首元を差しているであろう。
「見えてるから帰ろうとしてるんだよ?」
ヤバイ、声が裏返った。
「ねぇ、いいからオジサン、私の事拾ってよ」
変わらず甘い声で誘ってくる少女。そのまま走り去ってもいいが、そうするのはなんだか寝覚めが悪い。一応コンビニの裏をちらっと覗き、誰もいないことを確認する。
まあ、非行少女の話を聞くのも大人の役割か……。俺も腹を括り、コンビニの脇に座る。彼女も嬉しそうに、俺の横にしゃがんでくる。
「なんかいいね。スーツ着てコンビニで座り込んでるの。」
「良くないよ、ろくでもない大人の証拠だよ。」
ここにタバコでもあれば様になるのかもしれないが、未成年の前で吸うもんじゃないしな。彼女は俺の方を覗き込み、嬉しそうに言う。
「でも、おじさんは話聞いてくれたし、いい人だよ?」
「そうか……。」
少女のしゃべり方に、なんだかぞわっとする。しかしその違和感が、今ははっきりと分からない。
「で、どうしたの君?そんな恰好で、制服着たまま家出?」
「別に、そんなんじゃないですけど。」
図星か……?よく見てみると、この辺の学校の制服ではないことが分かる。しかし、腹をくくったはいいものの、中々いい案が思いつかない。
「普通はこういう時、交番にでも行くんだろうけどな……」
そう呟くと、腕をガシっと掴まれる。思いのほか強く握られ、ぎょっとそちらを見る。
「警察は、やめて。」
さっきまでの飄々とした雰囲気とは一転し、あまりにも必死な表情、なるほど、これが本音か。
「親御さん探してるかもしれないだろ?あのな、喧嘩したのか知らないけど、こういうのは手遅れになる前に自分から行った方が。」
「来ないよ。」
「そんなの分かんないだろ、今だってこうしてる間に。」
「分かるよ、一応親だもん。」
さっきまでとは違い、非常に冷ややかなトーン。これも素であろうことは、想像に難くない。親を困らせてやろうなんて言う、そんな単純な理由ではないのだろう。初めは適当に話を聞いて、改心したらそれでよしなんて考えていたが、そう甘くは無いらしい。
俺が次の言葉を探していると、その沈黙をどう受け取ったのか、彼女はおもむろに立ちあがり、スカートの裾をパタパタと払う。
「分かった、じゃあねおじさん。」
「じゃあね、ってこれからどうするつもりだ。」
俺が何とか出来るとは思えないが、それはそれとしてこのまま返すのは不安だ。彼女は振り向き、なんてこと様に告げる。
「さあ?とりあえず拾ってくれる人を探すよ、お金ないし。」
「拾ってくれるって、君、世の中善人ばっかりじゃないんだぞ。」
「で?別に今までもそうしてきたし、そんなのオジサンよりは分かってるつもりだけど。」
「今までって……君、もしかして……」
「力もお金もない家出女が生きていくにはそうするしかないの、大人のオジサンならわかるでしょ?」
まるで当てられた問題に答えるように、明日の時間割を応えるように、彼女はただ当然といった風に、そう答えた。 彼女の眼は光も無ければ、闇もない。日常の一幕を過ごしているかのようだった。
「それとも何?私を可哀そうだと思っておじさんが養ってくれるの?」
「……」
「覚悟無いなら邪魔しないでよ。大人のくせに、偽善ぶって。そういうのが———」
彼女はその先は言わなかったが、容易に想像できた。
彼女が唯の家出少女じゃないことは明らかだった。昨日今日家出した子では無いんだろう。自分が彼女に巣食った深い闇を祓ってやれるなんて、そんな風には微塵も思えなかった。だが、彼女がこんなになるまで放っておいた社会には、大人たちには心底腹が立っていた。
すっかり酔いはさめたはずなのに、腹の中は今まで以上にグルグルと動いていた。
「分かった。」
「……え?」
「うちに来な、広い部屋じゃないが、お前一人を余分に養うだけのスペースならある。」
「ホントに?」
彼女は特に表情を変えることなく、俺の覚悟を試しているかのように、聞いてくる。俺も顔を上げ、彼女の目をじっと見て、静かに答える。
「ああ。」
それが果たして100パーセント彼女のためを思っての行動だったかは分からない。世間への憤りとか、彼女を見捨てた時の罪悪感とか、そういうのがないまぜになった行動だったのだろう。
だが、結果として彼女は我が家に来ることとなった。大切なのはその事実だけだ。
その後俺と彼女は特に言葉を交わすことなく俺の住むマンションへと帰ってきた、お互いこの結果を受け入れるには、多分、ちょうどいいくらいの時間だった。
遅い時間という事もあり誰かに見られることは無かった。ガチャリと鍵を開けると、暗い部屋が出迎えてくれる。電気を付け部屋に入り上着を脱ぐ。後ろを振り返ると、彼女は玄関に居心地悪そうに立っていた。
「突っ立ってないで入りな。」
「う、うん。」
さっきまでの無の表情からは、一転して、彼女は戸惑った表情で、壁に手を突きながら、明るい部屋の中を恐る恐る入ってきた。
「結構片付いてる……」
「一人暮らしのおっさんが皆汚部屋だと思うなよ。」
「あ、ご、ごめん。」
恐らく独り言のつもりだったのだろう。俺に聞かれてしまいバツが悪そうにしている。ホントにさっきと同一人物か?
「……」
「……」
シャツの男と、制服の女が向かい合って、視線は合わせず立ち尽くすという異様な光景、流石にしびれを切らして俺から声をかける。
「とりあえず、俺はもう寝るから。右手側に風呂あるから、入りたきゃ入れ。戸棚の下に新品のタオルがあるから。それ使え。寝床はソファーでいいか?」
いつか旅行でもする時にと思っていたが結局箪笥の肥やしになっていたタオルにこんな形で活躍の場が生まれるとは思いもしなかった。タオル自身幸せだろう。そう考えていると彼女が口を開いた。
「おじさんは入らないの?」
「俺は良いの、先ずはお前が入れ。」
と言ったがどうすればいいのか正直分からないのが本音だ。彼女でもない、ましてやさっき会ったばかりの未成年相手、彼女の前に入っても後に入ってもなんとなく問題な気がしてならない。寝る準備でもするか……と思ったが、相も変わらず少女は動かない。明らかに何か言いたげな顔だ。
「あ、あの……」
「何だ?」
「その……、いや、なんでもない。」
何でもないことは無さそうな顔だが、わざわざ聞き出すまでもないと判断する。
「じゃあ俺はもう寝るから、明日俺仕事だけど、出ていきたくなったら好きに出て行っていいから。」
彼女は俯いたままだった。
「じゃあな、お休み。」
(俺は明日の朝早めに起きて銭湯にでも入ろう……)
いつもより少し早めの時間にアラームをセットして、俺はごろっと横になった。
「うん、お休み。」
布団に入った瞬間は、高揚ともつかないそわそわした感情に満たされていたが、そ案外すぐに眠りについた。
翌朝、アラームの音で目を覚ます。一つ伸びをすると、視界の端にソファーと黒髪の少女がいた。昨日は見れなかった、非常に穏やかな表情だった。なんとなく口モチが緩む。
自分のしたことが正しかったかは、未だに分からない。ただ、会社に行くとき、玄関のドアはもう少し優しく閉めよう、段ボールのかかっていない少女の首元を見ながら、そう思った。
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