第2話 拾い拾われ
「おじさん、私を拾ってくれない?」
まだあどけなさが残るが可愛い顔立ちに、触れずともサラサラであることが分かる、長く伸ばした黒髪。そして、極めつけにどっかの学校の制服。しかし制服の若々しさとは対照的に、体は少しやせ細っているように見える。通学しているところを見かければ大抵の人が振り向くような美少女が、そこに立っていた。彼女みたいな子に話しかけられる男子は幸せ者だろうし、俺も普通の状況なら心躍っていたに違いない。
そう、普通の状況ならば……
(待て待て、落ち着いて今の状況を整理してみよう)
えーと、深夜のコンビニの前で、制服着た女の子とオッサンが一緒にいる、しかも女の子の首には拾ってくださいの段ボール付き…………これは、どう考えても……
(どう考えても事案じゃねぇか!!!!!!!!!)
あまりにも怪しさ満点だった。規制と人の目が厳しい昨今、こんなかわいい子が深夜に出歩いてるだけでもヤバいのに、俺がいたら犯罪マシマシだ。何かしら名前のないハラスメントに該当することは日を見るより明らかだ。とりあえずここは退散するべきか……
「ねえ、何で逃げるの。」
背を向けた瞬間に、彼女にとがめられる。
「……」
「これ、見えないの?」
「見えてるから帰ろうとしてるんだよ?」
「ねぇ、いいからオジサン、私の事拾ってよ」
「話聞いてくれてなかったかあ。」
振り向く
「はぁ……で、どうしたの君?そんな恰好で、家出?」
「別に、そんなんじゃないし」
図星か……
「とりあえず交番か?この近くにビジネスホテルとかないしな……」
腕をつかんでくる、必死な形相。
「警察は、やめて。」
一つため息をつく。
「こうしてる間にも親御さん探してるかもしれないだろ?あのな、喧嘩したのか知らないけど、こういうのは手遅れになる前に引き返した方がいいぞ。」
「親なら来ないよ。」
「そんなの分かんないでしょ、今だってこうして」
「分かるよ、一応親だもん。」
彼女の雰囲気にもう、「一応だ何て言うな」とは言えなかった。なんと話せばいいのかわからず押し黙る俺に彼女はしゃがみこんでため息をつく。
「分かった、じゃあね」
「じゃあね、ってこれからどうするんだ。」
「さあ?とりあえず拾ってくれる人を探すよ、お金ないし、今までもそうしてきたし。」
「今までって……君、もしかして……」
「身分もお金もない家出女が生きていくにはそうするしかないの、大人のオジサンならわかるでしょ?」
彼女の眼は覚悟が決まっているとかそういうのではなく、ただそうするのが当たり前だという感じだった。光も無ければ、闇もない。それらすべて使い果たしたような、無がその目には存在していた。
「それとも何?私を可哀そうだと思っておじさんが養ってくれるの?やめてよ、そんな偽善ぶっちゃって。正直そういうのが———」
———一番いらない、と一息ついて彼女は短く吐き捨てる。
彼女が唯の家出少女じゃないことはもうわかっていた、だが彼女が今までどんな目に遭ってきたかは分からない。自分が彼女に巣食った深い闇を祓ってやれるなんて、そんな風には微塵も思えなかった。だが、彼女がこんなになるまで放っておいた世界には、手を差し伸べなかった世界には怒りを覚えた。すっかり酔いはさめたはずなのに、腹の中は今まで以上にグルグルと動いていた。
「分かった。」
「……え?」
「よければうちに来な、広い部屋じゃないが、お前一人を余分に養うだけのスペースならある。」
「ホントに?いいの?」
「ああ」
それが果たして100パーセント彼女のためを思っての行動だったかは分からない。世間への憤りとか、彼女を見捨てた時の罪悪感とか、そういうのがないまぜになった行動だったのだろう。だが、結果として彼女は我が家に来ることとなった。そういう事なのだ。
その後俺と彼女は特に言葉を交わすことなく俺の住むマンションの部屋へと帰った。遅い時間という事もあり誰かに見られることは無かった。ガチャリと鍵を開けると、暗い部屋が出迎えてくれる。電気を付け部屋に入りスーツを脱ぐ。ふと後ろを振り返ると、彼女はまだそこに居心地悪そうに立っていた。
「突っ立ってないで入れよ。」
「う、うん。」
壁に手を突きながら、明るい部屋の中を恐る恐る彼女は中に入ってくる。
「結構片付いてる……」
「一人暮らしのおっさんが皆汚部屋だと思うなよ。」
「あ、ご、ごめんなさい。」
恐らく独り言のつもりだったのだろう。俺に聞かれてしまいバツが悪そうにしている。
「……」
「……」
お互い立ち尽くして無言の時間が続く。流石にしびれを切らして俺が声をかける。
「とりあえず、俺はもう寝るから。右手側に風呂あるから、入りたきゃ入れ。戸棚の下に新品のタオルがあるから。それ使え。寝床はソファーでいいか?」
いつか旅行でもする時にと思っていたが結局箪笥の肥やしになっていたタオルにこんな形で活躍の場が生まれるとは思いもしなかった。タオル自身幸せだろう。そう考えていると彼女が口を開いた。
「おじさんは入らないの?」
「俺は良いの、先ずはお前だ。」
正直こんな時にどうするのが正解か微塵も分からなかった。彼女でもない、ましてやさっき会ったばかりの未成年だ。彼女の前に入っても後に入ってもなんとなく問題な気がしてならない。
動こうとしない彼女の方を見ると、明らかに何か言いたげな顔をしている。
「あ、あの……」
戸惑った様子の彼女をみて、俺は尋ねる。
「何だ?」
「その……、いや、なんでもない。」
何でもないことはなさそうだが、俺ももう眠いのでそのまま放っておく。
「じゃあ俺はもう寝るから、明日俺仕事だけど、出ていきたくなったら好きに出て行っていいから。」
その言葉には特に何も答えずに、彼女は俯いたままだった。
「じゃあな、お休み。」
(俺は明日の朝早めに起きて銭湯にでも入ろう……)
いつもより少し早めの時間にアラームをセットして、俺はごろっと横になった。
「うん、お休み。」
その日は夢を見ることも無くすぐに眠りについた。
翌朝、アラームの音で目を覚ます。冬の朝はまだまだ暗く寒い。上半身を持ち上げて一つ伸びをすると、視界の端にソファーと黒髪の少女がいた。
「夢じゃなかったか……」
彼女を拾ったこと、それを後悔しているのか喜んでいるのかは正直分からない。ただ、会社に行くとき、玄関のドアはもう少し優しく閉めよう、段ボールのかかっていない少女の首元を見ながら、そう思った。
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