JK、拾ってみた。

尾乃ミノリ

第一部

アラサーとJK、同棲を始める

第1話 アラサーとJK、接近遭遇

「ううぇ、気持ちわりぃ……」



 春の陽気が感じられる季節になり、少し前まで赤と白の正月カラーだったはずの町は、色が混ざりピンクに染まっていく。昼はまだ気慣れていないスーツを誇らしげに着る人や、年を重ねることにドキドキとわくわくが共存している学生も多く通るこの通りだが、夜はまだ閑散としている。


 そんな若さと静かさの入り混じるこの通りで、若さとも、静かさにも似合わない様子の男が一人、壁に手を当てて歩くのもやっとという様子の男が一人……。



「何が飲み会だよ、俺はオッサンたちの酒の肴じゃねえっての……」


 新田智文29歳、企業勤めのサラリーマンである彼は、静かな町の中で酒臭い息とともに、上司への愚痴を吐いていた。


 思い起こされるは1時間前、社内飲み会での一幕。上司の聞くに堪えない出世話と苦労話と不健康自慢に、初めは愛想笑いをし続けていたのだが、段々この時間に自分が金を払っているのが許せなくなってきた。だが、飲み会におけるその考えは己が身を滅ぼしかねなかった。


「だからって、元を取ろうとするのは流石にミスった……」


 初めは、教育係の後輩が上司に絡まれていたのを助けるつもりだった。だが、話に割って入ったところ、上司から酒を飲まされ、彼女の手前断るわけにもいかず、飲んで、飲んで、飲み続けた結果……このザマである。


「あーまじで、二度と酒なんか飲まねぇ……」


 成人してから酔っぱらうたび、何度となくこう考えたが、禁酒に成功した試しは無い。しかし、新田を一番イラつかせていたのは酒を許容量以上に飲んだからだけでも、上司の自慢を聞かされたからでも、無い。彼を最も刺激したのは……。



「あの結婚の話だよ……」


 ~~~


「なぁ、新田君はまだ結婚はしてないんだっけ?」

「え、ええそうなんですよ。」


 俺だって好きで29歳独り身やってんじゃないんだよ!ほっとけ!と言いたいところをビールで飲み下して無理やり笑顔を作る。


 さっきまで隣に座っていたはずの後輩の女子は早々に離脱し、一人呑気に飲んでいる。上司の攻撃から守ってやったという考えは傲慢かもしれないが、にしてもそりゃないだろと思ってしまう。


 俺の回答がお気に召したのか、上司は大きく頷き、ゆっくりと語りだす。


「そうかそうか、でもやっぱり結婚すると自由が減るからなぁ、やっぱり若いうちは

 独身が一番だよ。私も若い頃に結婚してしまったけど、たまに後悔するしねぇ。」


「なるほどぉ、そうなんですかぁ。」


 自分でも気持ち悪くなるほどに語尾を伸ばす、部長はさらにいい気になったのかおしゃべりが止まらない。


「イヤーでもやっぱり、結婚は良くないね、やっぱり恋人位で済ませて身軽な位が一番いいんだよ、そうだ、新田君、恋人はいるんだろ?」


「いえ、それが実は……」

「あらま!それは意外だ!」

 頭の上から生えてきそうなほどわざとらしい位の!マークに心底腹が立つが、相手は上司だしこれは飲み会、時間さえ立てば終わる、終わる……。


「まあでも、君ぐらいのいい男なら恋人位すぐにできるんじゃないのか!どうだい、うちの部署の子は!かわいい子も多いだろう!」


「あはは、そうですね…」

 どう答えても何かしらのハラスメントに抵触しそうな質問を流し聞きする。だが部長の発現に対して周りにいた若い女の子たちがさっと目をそらしたのが何よりも効く。


 ~~~


「恋人なんか出来るならとうの昔につくってるっつーの。」


 上司にガツンと一発言ってやりたいが、現在彼女もいないのは変えようがない事実である。仕事が忙しくてしょうがない、と言い訳し続けてきたが、仕事が忙しいほど、家に帰ってお帰りを言ってくれる人がいない事への虚しさが強くなる。今日の上司への愚痴も、俺一人の中でとどめるほかない。


「あーあ、寂しいもんだな、俺の人生。」



 そんなことを考えたところで足のふらつきは治りはしない。頭の痛みも徐々に増してきている気がする。

「明日折角の休日だってのに……」

 貴重な休日を二日酔いで過ごすのはあまりにもったいない、コンビニでウコンでも買ってから帰るか…。ああでも、こんだけ酔ってウコン飲んでも意味ないかも……むしろカップの味噌汁とか買った方がいいか……?


 思考は纏まらないものの、体は誘蛾灯の様にまばゆい光を放つコンビニへと吸い込まれていく。


「いやーまじ、それな!っていうかこの後どうする?誰んち行く?」


 入れ違いになるようにいかにもチャラそうな二人組が店を出ていく。顔は酔って少し赤くなっているが、袋に若者に人気の酒缶を複数入れているのが見える。


「いらっしゃーせぇ」


 やる気のなさげなコンビニ店員の青年の声が聞こえる。まぶしいコンビニの光でしばしばするが、人の目がある場所に来たからか、比較的意識と足取りははっきりしてくる。ウコンの缶とカップみそ汁を取り、そのままレジへと向かう。


「214円になりまーす」

「交通系で」

「こちらにタッチおなしゃーす。」

 ピッ

「ありゃあーしゃーっしたぁ。」


 最早原形をとどめていない挨拶を聞きながら店を出る。お行儀は悪いがウコンだけでもここでこのまま飲んでしまおうかと思い、コンビニの脇で蓋をねじ切る。


「ああ?何言ってんだてめぇ。」

「だから……」

「何だよ、俺らだって暇じゃねぇんだよ。」



 声から察するに、さっきすれ違ったヤンキー二人のようだが……、何かもめているようだ。声的に誰かもう一人いるように感じる。他二人ほど声がはっきり聞こえるわけではないが、女性のようだ。連れでも待たせてたのか?


「もう知らねぇからな!」

「あ。ちょっと!」

「うるせぇ、これ以上関わってくるようなら警察呼ぶからな!」


 何とはなしにぼうっと連中を見ていると突然男たちが立ち去ってしまう。女の子の方は彼らに向かって手を伸ばすが、特に追いかけることはせず、そのまますわりこんでしまう。どうやら連れではなかったみたいだ。


ひょっとして道にでも迷っていたのかもしれない。ここは年長者として、助けてやろうじゃないか。ウコンをグイっと飲み干して、彼女に寄っていく。


「どうしたの、道にでも迷った?」

「ああ、いや、そういう訳じゃなくって……。」


 するとその少女は初めて俺に気づいたようにくるっとこちらを向く。綺麗な声は想定よりも若々しく、紙も肩口くらいで切りそろえて、案外幼く見えた。


「じゃあどうしたの?こんな時間に、何かトラブル?」

 俺が詳細を訪ねた、丁度その時、一台の車がコンビニに侵入してくる。ヘッドライトにばっと照らされて、まぶしさに目を細めるが、直に目は慣れ、車のライトに照らし出された彼女の全貌をしっかりと確認することとなった。


「まじか……。」

彼女のを見て、明らかな異常事態に酔った俺の頭は急速に冷め、アラームを鳴らしていた。


 俺はてっきり彼女は道にでも迷ったか、充電を借りたいとか、どうせそんなところだろうと考えて高をくくっていた。最悪のケースでも酔っぱらった女が逆ナンでもしてるんじゃないのか、と。


しかしアルコールが回っていた俺は大きな見落としをしていた。一つは彼女の声、俺の問いかけに応えた声は意識がはっきりしていたし、明らかに寄っている風ではなかった。しかも充電なら今どき人に借りずともコンビニで対処可能だ。


 それともう一つは、格好。コンビニの丁度光がない場所を彼女はわざと選んでいたから、仕方のなかったと言えばそうだが、あんなに特徴的な服は遠目からでも分かったはずだ。まあ、何が言いたいかと言うと、彼女はどこかの制服を着ていたし———




「おじさん、私を拾ってくれない?」






 ———————首から、「拾ってください」と書かれた、段ボールのプラカードを掲げていた。

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