第5話

 結愛は焦っていた。


 短パンを履かせたのは百パーセントただの趣味だ。

 だって、ショタと言ったら短パンだろう。


 サイモンに対するガーファンクル、ウッチャンに対するナンチャン、高森朝雄の原作に対するちばてつやの明日のジョーのように、ショタには短パンが相応しい。

 それでふと、鞄の中にイイ感じのショパンショタい短パンが入っていた事を思い出し、折角だからと履かせたのだ。


 別におかしな事は何もない。

 ふらりと訪れた子供服売り場のマネキンにムラッとして着ている服を買ってしまう事はショタコンならよくある事だ。

 推し活みたいな物と思ってくれればいい。


 とは言え、成にショタコンだとバレるのは困る。

 こんなショタ属性持ちである事以外良い所なんか一つもなさそうな男子に不覚にも萌えていると知られたら舐められるし、本気で好きだと誤解されるかもしれない。


 別に結愛はこんな奴、ぜ~んぜん好きでもなんでもない。

 むしろウザいとすら思っている。

 だってチビだし、陰キャだし、いつもオドオドして人の顔色ばかりを伺っているし、男のくせにすぐ泣くし、普通にスケベだし、男らしさの欠片もない。


 そりゃ、ショタとして見れば萌えポイントではあるけれど。

 さっきでだってあまりにもショタ過ぎて、うっかりお姉ちゃんスイッチがオンになってしまったけれど。


 キー! 悔しい!


 でもそれはそれ、これはこれだ。


 そもそもこいつは高校生の脱法ショタで、本質的にはショタでもなんでもないわけだし。

 スクールカースト最上位のイケてるギャルの面子にかけて、ショタコンだとバレるわけにはいかないのだ。


 さてどうする。

 この窮地をどうやって誤魔化すべきか!

 結愛は一休さんみたいにこめかみに指を当て、う~んと考えた。


 そしてチーン! と思いつく。


「これはそう! あんたの為だし!」


 自信満々に言った所で、成は疑わしく顔をしかめるだけだ。

 底辺カーストの陰キャの癖に! なんて生意気な!

 一方で、ショタの生意気ムーブにちょっと萌えている自分もいる。

 仕方ない。

 乙女心とは複雑なのだ。


「……いや、意味わかんないんだけど。なんでピチピチ短パンを履くのが僕の為になるのさ」


 当然の疑問に、結愛は不敵な笑みでバインと胸を張った。


「それはズバリ、恥ずかしいから!」

「……ひどい。彼氏とか言っておいて、そうやって僕をイジメる気なんだ……」


 小動物みたいにクリクリとした成の目に、じわっと涙が滲んだ。

 チクチクと、結愛の胸が罪悪感で痛む。

 それ以上に興奮した。

 この世にショタの泣き顔より萌えるものがあるだろうか?

 いや、ない!(反語)


 悪い顔でゾクゾクすると、結愛はハッとした。

 いかんいかん。

 これでは誤解されるばかりである。


「違うってば! イジメなんか寒い事、あたしはしないし! そういうの、だいっきらいだから!」


 ショタに誓って本当である。

 自分がするのは勿論、他人がするのだって見ていてムカつく。

 だが、成は納得しない。


「……でも、現に意地悪してるじゃん」

「理由があるの! 小鳩は運動嫌いでしょ?」

「……まぁ」


 コクリと頷く姿がいちいち可愛くてムカつく。

 めちゃくちゃに犯しまくってトラウマを植え付け、性癖を捻じ曲げてやりたくなる。

 勿論思うだけで、そんな事は出来るわけがないのだが。


「悪霊には悪霊をぶつけろって言葉もあるでしょ? 苦手な事を克服するには、もっと嫌な事をすればいいわけ。恥ずかしい恰好で走れば早く終わらせたくてその分頑張れるでしょ?」


 知らんけど。


「本当かなぁ……」


 成は全く信じていない様子だ。

 まぁ、咄嗟に思いついた出まかせだから当然だが。

 それでも結愛はムカついた。


 短パンの件はともかくとして、こっちはひ弱な成の為にわざわざ運動に付き合ってやっているのだ。このままでは他の男子にも舐められるだろうし、つべこべ言わずに走れよと思う。


「なに? あたしが嘘ついてるっていいたいわけ?」

「そういうわけじゃないけど……」


 明らかに不満たらたらだが、結愛は気にしなかった。


「じゃあ黙って走れし! グズグズしてたら日が暮れちゃうから! ほら行くよ!」

「ま、待ってよ!」


 結愛が走り出すと、しぶしぶ成もついてきた。

 しかし……。


「遅すぎ! 真面目に走れし!」

「は、走ってるよぉ!」


 半泣きで成は叫ぶが、メチャクチャ遅い。

 確かに結愛は運動が得意な方だが、それを差し引いても遅すぎる。

 成の走るスピードは、結愛にとっては早歩きと同じくらいである。

 まぁ、初日だし、足の長さの差もあるのかもしれない。

 いきなり厳しくしても可哀想だと思い、結愛は渋々ペースを落とすのだが。


「もう無理、走れない……」


 程なくして成はヘロヘロと歩き出した。


「はぁ!? まだ五分も走ってないんだけど!? いくらなんでも体力なさすぎでしょ!」


 五分どころか三分走ったかも怪しい所だ。


「だって疲れちゃったんだもん……」


 その割に成は元気そうだ。

 本気で疲れているというよりは、たんに走るのがイヤになっただけといった感じである。


「いや、絶対もっと走れるから! 男の子でしょ! 根性出せし!」

「そんな事言われても、無理な物は無理だよ……」


 決めつけるような物言いに、結愛はイライラしてきた。


「そんなんだから他の子にも馬鹿にされるんでしょ!」


 成はムッとした顔で結愛を見返した。


「……しょうがないじゃん。僕チビだし。みんなみたいに走れないよ……」

「チビなりに一生懸命頑張れって言ってるの!」


 思わず声を荒げると、成はビクッとして身をすくめた。

 俯くと、プルプルと身を震わせながら「ひぐ……ぇぐ……」と泣き出す。


(あぁもう!? なんでこんなに可愛いわけ!?)


 結愛は今にもブチ切れそうだった。

 マジでムカつくのに、同じくらい可愛くて、胸がキュンキュンしてしまう。

 お姉ちゃんとして、この可愛い生き物を一人前の男の子にしてあげたい。

 そんな衝動がムクムクと湧き上がってショタコン魂が萌えあがる。

 フンスフンスと鼻息を荒げると、結愛はおもむろに成に近づいた。


「ひぃっ!?」


 叩かれると思ったのだろう。

 成は両手で頭を庇った。

 その上から、結愛はギュッと成を抱きしめる。


「ふぇっ……」


 意表を突かれ、成の口から気の抜けた声が漏れた。


(怯えるショタの身体最高かよ!)


 興奮とは裏腹に、結愛の顔は聖母のような笑みを浮かべる。


「怖がらないで。あたしはあんたの味方だから……」


 優しく言いながら、結愛はなに食わぬ顔で成の旋毛の匂いを嗅いだ。

 甘い粘度を思わせる香りは、まさに理想のショタ臭だ。


「……うぇ、えぐっ、な、なんで……」

「なんでって、そんなの決まってるじゃない」


 あたしは成くんのお姉ちゃんだから。

 喉元まで出かかった言葉を慌てて結愛は飲み込んだ。

 静まれショタこん

 気持ちはわかるけど、それを言ったらただの変態だ!

 代わりに結愛は言った。


「あたしはあんたの彼女なんだから。あんたが情けなかったら、あたしまで恥かいちゃうじゃない」


 ゆっくりと、警戒を解くように成の身体が弛緩する。

 ショタに心を許されたような気がして、俄然結愛は萌えてきた。


「……ごめんなさい」


 結愛の谷間にすっぽり収まって、成はグスグスと謝った。


「……僕だって、出来る事なら頑張りたいけど……」


 成にだって、男らしくなりたいという意思はある。

 それを知って結愛は震えた。

 一人前の男になりたい。

 その願いこそ、ショタの醍醐味だ。


「なら頑張ろうよ。小鳩ならきっと出来るから」

「無理だよ……」

「無理じゃない。あたしが魔法をかけたげる」

「魔法?」


 戸惑う成の手を掴み、結愛は自身のお尻へと導いた。

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