第3話

 翌日がやってきた。

 昨日のアレはなんだったんだろう……。

 悪い夢でも見たような気分で、モヤモヤしながら成は学校に登校した。


 教室の片隅では、今日も今日とて結愛の席に集まったギャル軍団がピーチクパーチク騒いでいる。

 存在感の薄い成だから、誰も気付いた様子はない。


(……これって挨拶とかした方がいいのかな)


 本気かどうか怪しいが、一応結愛の彼氏になってしまったわけだし。

 結愛はあの通り激しい性格の持ち主だ。

 知らんぷりして席についたら後で怒られそうな気もする。

 それはイヤなので、仕方なく成は結愛の所に挨拶をしに行った。


(……うぅ。緊張するなぁ……)


 陰キャでコミュ障の成である。

 他人と話すのは勿論、女の子と話すのだって得意ではない。

 それが陽キャのギャル軍団となれば猶更だ。

 本能的に、コソコソと息を潜めて結愛の後ろに忍び寄る。


「ぉ、ぉはよう――」


 言い切る前に結愛が悲鳴をあげた。


「ギャー!? びっくりした!? 脅かすなし!」

「ご、ごめんなさい……。一応、挨拶した方がいいかなって……」


 俯きがちにオドオドする成を見て、周りのギャル軍団がニヤつきだした。


「だってさ、結愛ちゃん」

「ひゅ~ひゅ~! お熱いねぇ!」

「可愛いじゃん」

「お前らは黙ってろし!」


 結愛は真っ赤になってギャル軍団を睨みつけると。


「ちょっと来て!」

「ぇ、ぁ、なに……」


 ちんまりとした成の手を強引に引っ張って廊下の端へと連れて行く。


「あんたさぁ、どういうつもり!?」

「え、ぁ、ご、ごめんなさい……。挨拶、した方がいいかと思って……」


 涙の滲んだ上目遣いでオドオドする成を見て、結愛は悔しそうに拳を握った。


「ウゥゥゥゥッー!」

「え、なに? だ、大丈夫……?」

「なんでもないから!」


 巨大な胸をバルンと揺らしながら虚空を薙ぎ払うと、結愛は言った。


「てか! あんたと付き合ってるのはあくまでも罰ゲームだから! 恥ずかしいから、みんなの前で話しかけないで!」

「ご、ごめんなさい……」


 なんだよそれ! と成は思った。

 そっちから告白してきたくせに!

 こっちだってお前なんか好きじゃないんだ! バカビッチ!

 と、心の中で舌を出す。


「なにその顔。文句あるわけ?」


 ブルブルと首を振る。

 文句はあるが、怖くてそんな事言えるわけない。


「結愛ちゃ~ん。恥ずかしいからってあんまり小鳩君イジメちゃだめだよ~」


 ちびっ子ギャルの白石雛子しらいし ひなこが遠くから声をかける。


「んが!?」


 結愛は恥ずかしそうに顔をしかめ。


「雛子はだーってろし!」


 真っ赤になって後ろに叫ぶ。

 そしてこちらに向き直り。


「ほら! 小鳩のせいでからかわれたし! 恥かくから、彼氏面すんなし!」

「……はぁ」


 言うだけ言うと、結愛はプリプリと大きなお尻を揺らしながら一人で教室に戻って行った。

 取り残された成はジワジワ怒りが込み上げてきた。


「なんだよそれ! 勝手な奴! イーッ! だっ!」


 左手で隠しなら中指を立てると、小鳩もプリプリしながら教室に戻った。

 あんな奴、さっさと別れてくれればいいのに!

 そう思いながら授業を受ける。

 その後は特に何もなく、いつも通りの一日だった。

 以前のように小鳩は結愛から距離を置き、結愛もまた小鳩を無視した。


 もっとも結愛は、もっとイチャイチャしろよとか、もう喧嘩しちゃったの? とギャル軍団にからかわれていたが。

 結愛が嫌な顔をする度に、成は内心ざまぁ見ろ! と思っていた。


 そして放課後になった。


 さっさと帰ろうとする小鳩の前に結愛が立ち塞がる。


「どこ行く気?」

「……普通に帰るつもりだけど」

「話あるから、ちょっと来て」

「えぇ……」


 勘弁してよ! と思いつつ、怖い顔で睨まれたら何も言えない。

 仕方なく、成は結愛のお尻を追いかけた。


「……ここまで来れば大丈夫でしょ」


 空き教室にやってくると、結愛は廊下を警戒した。

 別れ話でもする気だろうか。

 だったらいいなと期待していると。


「てか小鳩。あれ、どういうつもり?」


 苛立たし気に言われても、なんのことだか成にはさっぱり分からない。


「あ、あれって、なに? 朝の挨拶の事だったら謝るけど……」

「違うし! あれはまぁ、百歩譲ってあたしが悪いと思うけど……」


 どういう心境の変化なのか、結愛はバツが悪そうに口をモゴモゴさせた。

 一歩も譲るまでもなく、百万パーセントそっちが悪いと成は思う。

 とは言え、多少なりとも反省した姿を見せられたら、悪い気はしない。


「それじゃなく! 体育の話!」

「体育って言われても、別に僕、何もしてないと思うんだけど……」

「何もしてないからダメなんじゃん!」


 途端に結愛は怒りだした。


「男子はサッカーだったでしょ! 小鳩、速攻バテて超お荷物だったじゃん! ああいう事されると、彼女として恥ずかしいんだけど!?」


 確かに結愛の言う通り、成は何もしていなかった。開始数分で力尽き、あとはゼーゼー言いながらフィールドをよろよろ彷徨っていただけだ。


「え。渋谷さん見てたの?」


 それが成には意外だった。

 罰ゲームでイヤイヤ付き合っているだけで、成になんか興味がないと思っていた。

 指摘されて、結愛の顔が赤くなった。


「こ、これでも一応、あたしはあんたの彼女だから! ちょっとくらい気になるのは当然でしょ! べ、別にあんたの体操服姿見て興奮してたわけじゃないんだから! 勘違いしないでよね!」

「……ぁ、はい」


 いつの時代のツンデレだよと成は思った。

 その上なんかキモい。

 そこはかとなく犯罪者の臭いがした。


「とにかく! そういう訳だから! あたしの彼氏になったからには、もっとちゃんとしてくれないと困るんだけど!」

「困るって言われても……。僕、体力ないし……」


 成は運動が苦手だった。

 体格差のせいで、他の男子の運動量についていけないのだ。

 そのせいで、今では運動自体に苦手意識を持っている。

 そんな事、結愛に言っても無駄だろうが。


「はぁ? なにそれ。あんた帰宅部でしょ?」

「そ、そうだけど」


 また結愛がプリプリしだし、成は焦った。


「走ったりとか筋トレとか、なんかしてんの?」

「してないけど……」

「じゃあただの運動不足じゃん! 体力ないの当たり前でしょ! 頑張って体力付ければいい話じゃん!」

「そんな事言われても……」

「なに? 文句あんの? あたし、おかしい事言ってる?」


 言ってない。

 至極真っ当な正論だ。

 だからこそ腹が立つ。

 そんな事、お前に言われる筋合いないんだけど!

 悔しくて、成は涙が込み上げた。

 こんな奴の前で泣きたくない。

 下唇をギュッと噛み、プルプルしながら涙に耐える。


「グゥッ!?」


 突然結愛が胸を押さえてよろめいた。

 心臓を矢で射抜かれたみたいによろめいて、なんとか踏み止まる。


「フー、フー、フーッ」


 食いしばった歯の間から熱っぽい息を吐き、爛々とした目で成を睨んだ。


「お、男の子でしょ! そんな事で泣かないの! ――っ!?」


 言ってから、結愛はなにかにハッとして、口元を押さえながらゾクゾクと震えた。

 成も震えた。

 なにこの人。

 なんか怖いんだけど……。

 結愛は戸惑うような顔をして、パンパンと自分の頬を叩いた。


「あぁもう!? あたしって奴は!」


 なんかもう、怖くて触れる気も起きない。


「とにかく! 泣かないの! お姉ちゃん……じゃなくて、あたしが一緒に走ってあげるから! あんな情けない事にならないように、まずは体力作ろうよ!」

「ぐす……ぐす……。い、いいよ……。一人で走れるし……」


 というのは嘘で、本当は走りたくない&結愛と関わりたくないだけだ。


「ダメだってば! そんな事言って小鳩、サボる気でしょ!」


 なんだか結愛は急にお姉さんぶり出した。

 成の鼻先に人差し指を立て、言い聞かせるように言う。


「そんな事、ないけど……」


 気まずくて顔を逸らすと、結愛の手が成の顎を掴んで無理やり正面を向かせる。


「本当に? あたしの目を見て、正直に言ってみて。怒らないから」


 結愛の口調が優しくなった。

 疑いながら、上目づかいで成は尋ねる。


「本当に?」

「あふんっ!?」


 今度はヘッドショットを受けたみたいに仰け反った。


「やっばぁ……。なにこいつ……。ガチショタじゃん……」


 頭をフラフラさせながら呟くと、結愛はコホンと咳ばらいをし。


「本当だよ。嘘なんかつかないから」


 別人のようにニッコリと優しい笑みを浮かべる。

 不気味だが、怒られるよりはマシかもしれない。


「……じゃあ、言うけど。一人じゃちょっと、頑張れないかも……」


 胸元で人差し指をイジイジしながら、チラチラと結愛の顔色を伺う。

 顏だけは笑顔だが、結愛の呼吸は酷く荒い。


「うん。良く言えたね。大丈夫。お姉ちゃんが一緒に走ってあげるから。それならちょっとは頑張れそう?」


 なにがお姉さんだ?

 イカレてるのかこの女は……。

 そう思いながら、小鳩はなんだか胸がモゾモゾしてきた。

 モゾモゾは背中を伝ってお尻に落ち、チリチリと相棒を切なくさせる。

 なにこれ、怖い……。

 謎の感情に戸惑いながら、成はコクリと頷いた。


「うん、イイ子。じゃあ、体操着に着替えて来て。これから近くの公園一緒に走ろっか」

「……ぅん」


 内心面倒な事になったなぁと思いつつ。

 こんな風に優しく接してくれるのなら悪くはないかなと、満更でもない成だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る