第47話

「そういえばあんこ、ざるだったんだよな」


「お酒はたぶん酔ったことない」


「相馬次長とやりあえるなら大酒豪だ」


 大学の時も社会人になってからも会っていない晴が、なんで杏子がざるであることを知っているのか疑問だ。


 ちなみに、晴と一緒に飲んだことは一度もない。


「私がお酒に強いって、誰から聞いたの?」


「……ちっ。教えない」


「はーるー!」


 部屋に入って晴の背中をぼこぼこと叩きながら、杏子は問い詰める。


(やっぱり、うちの両親と繋がっているんだ、間違いない!)


「母さんから聞いてるんでしょ? ねえ、晴!」


「泣かされたいのか?」


 いきなりくるりと振り返った晴が、ひょいと杏子を抱きかかえた。


「うわぁ、放してってば!」


「うるさい。決めた――泣かせる」


 そのまま晴はバスルームへ杏子を担ぎ込むと、そこで降ろすと同時にシャワーをかけた。


「なにするの!」


 熱いシャワーが頭上から降ってきて、杏子の身体を濡らしていく。晴が前髪を掻き上げた。晴の視線に杏子がドギマギしていると、にやりと彼の口元が笑った。


「言ったよな、泣かせるって」


「晴、もうやだ」


「俺は嫌じゃない」


 逃がさないように抱きしめられて、シャワーよりも熱い舌に身体の芯が焦がされる。


「……あんこだけが好き」


 見つめてくる視線は、独占欲なのか愛情なのか、それとも勝負に勝とうとしているのかわからない。


「俺だけでいっぱいになって、きょうちゃん」


 再び重ねられた唇は先ほどよりも甘美な味がして、杏子の理性が溶けだしそうになる。しばらく二人で確かめ合っていると、晴がパッと離れた。


「あんこは早く風呂入って」


 出て行こうとする晴の袖を杏子は掴んだ。


「晴、風邪ひくから」


「ごたごた言うなよ。あのな、黙ってとっとと風呂入れ」


 晴は舌打ちしてバスルームから出て行った。


「晴も私もバカだなぁ。なんで勝負なんかしちゃったんだろ」


 お互いに引くに引けなくなっているのは確かだ。


 しばらく晴の出て行った後を見つめていたのだが、杏子は服を脱ぐとシャワーを浴びた。

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