第46話

「相馬チームじゃないですか」


 石原チーム代表こと、石原が上機嫌に手を振ってきた。その様子から、大きなプロジェクトが成功したのだと伝わってくる。


「お疲れ様です、みなさん。大成功のお祝いのお酒ですか?」


 ちっとも酔っていない杏子に石原がビックリした顔をする。相馬次長はお酒に強いことで有名で、その彼と飲みに行って平気な顔をしていたからだろう。


「大冨は今日から酒豪の勲章を俺が授けた」


「相馬さんに認められるって相当だな、大冨さん」


「光栄です」


 晴もちっとも酔っていないフリの顔をしており、胡散臭そうに眉毛を吊り上げている。杏子は晴に寄りかかっている水谷を見つめた。


「水谷さん、だいぶ酔っぱらっちゃいました? 大丈夫ですか?」


 見れば赤い顔をしている。杏子は本当に心配になって手を差し伸べた。


 その手を、他の人には丁寧に断っているように見せかけて、かおりは結構な強さで押しやった。


 見れば、邪魔しないでよ、という顔をしている。杏子は美奈子が言っていたこと――晴を落そうとしているというのが本当だとこの時やっと知った。


 鼻にふわりと届く香水の匂いは、帰宅する晴から漂ってくるもので間違いない。


「大丈夫です、大冨さん。晴に送ってもらう約束なので」


「気をつけてくださいね」


 杏子があまりにも淡白に返したので、かおりはライバル一覧から杏子を外したらしい。にこっと可愛らしい笑みを見せてきた。


「あ、佐藤。お前の家△町方面だよな?」


 石原が思い出したように言い出し、佐藤が「そうです」と答える。俺も俺もと相馬次長も頷く。


「じゃあちょうどいいや、水谷そっち方面だから一緒に送って行ってくれないか?」


 石原のそれに、かおりは目を見開いた。


「え、晴に私送ってもらう約束を――」


「遠回りするより、タクシー代割り勘のほうがいいでしょう」


 石原はもっともなことを言い始める。それに晴が乗っかった。


「俺は○○町で……大冨さんと一緒です。相馬次長、佐藤さん、申し訳ないですけどかおりのことよろしくお願いします」


 しがみついていたかおりを、晴はポイっと引きはがす。文句を言わせる隙を与えないまま、あっという間に相馬と佐藤へ預けてしまった。


「じゃあ、みなさんおやすみなさーい!」


 晴はニコニコ笑いながら杏子の腕を掴む。それを見ていたかおりの目が、一瞬だけ攻撃性を帯びた。


 見間違いでありますようにと杏子は思ったのだが、もう一度それとなくお辞儀をしながらちらりとかおりを見ると、ばっちり睨まれていた。


 石原はまた別の方面ということで、三方向にばらけて解散した。


「晴、会社で仲良くないのにおかしいって」


「うるせーな、黙らせるぞ」


 晴に頬をむんずとつかまれて、杏子はムッとした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る