第45話

 ずいぶん怒られるかと思いきや、先方はそれほど気にしていなかった。


 というのも、郵便自体が遅れてしまったということで、担当者の手元に届く前に事務員の手元で止まっており、さらに未開封だったのだ。


 それには次長だけでなく、間違いの元となった佐藤が涙を浮かべながら安堵していた。


 先方はとてつもなく細かくて厳しい担当なので、もしも彼の手に渡っていたらすんなり済まなかったはずだ。


「良かった……郵便物の遅延に感謝だな」


 怒られなかったので問題が問題にならずに済んだものの、資料の作り直しは必要だったので残業となった。


「佐藤くん、今度わからないことあったら聞いてほしい。私も忙しさを言い訳に、きちんと面倒見てなかったね」


「いえ、俺が悪いんです」


「まあ、全監督責任は俺にあるわけで。今回は無事に終わったから良かったけど、この契約すっ飛んでたら俺の給料もすっ飛んでたな」


「笑えないですよ、次長」


 佐藤の顔が青ざめて、それに次長はハハハと笑う。


「相馬次長は営業さんの中でもダントツで優しいから、たとえ給料カットでも佐藤くんのこと悪く言わないと思うよ」


「いや、給料カットになったら毎日佐藤に嫌みくらいは言うか、昼飯おごらせる」


「それはパワハラです、次長」


 すでに時刻は夜の九時を回っており、さすがに疲れて杏子も限界になってきていた。


「もういい時間だし帰るか。それとも、今からお疲れ様会する?」


 それに佐藤と杏子は目を合わせてから次長を見た。


「ごちそうさまです、次長」


「いや、佐藤のおごりだ」


 杏子は冗談に顔を青くする佐藤に「大丈夫だよ」と笑ってから三人で会社を出た。




 *




 金曜日ということも相まって気が緩んでしまい、三人でかなり大量のお酒を飲んだ。


 佐藤はあまり強くないようだが、次長も杏子も酔わずにごくごくと飲むので、酒豪の称号をもらうこととなった。


 飲み屋から出ると、真っ赤になった佐藤の肩を次長が支えることになっている。さようならと言おうとした時、次長が何かに気づいて手を振り始めた。


 次長の視線を追って振り返ると、石原、かおり、晴、の三人組が向こうから歩いて来ていた。


 杏子の眉根が寄ってしまったのは、かおりが晴にくっついているからだ。


「……たらし」


 聞こえないはずの杏子の呟きに晴が反応して眉を吊り上げた。


(あんこ)


 晴の唇が動く。その次の言葉は、言われなくてもわかっている。


「……誰に向かって言ってんだ、でしょ」


 杏子の呟きに、晴がにやりと口の端を持ち上げた。

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