第7章 賭け

第44話

 この資料間違っていないか? という相馬次長の声が聞こえてきた。確認すると、明らかにグラフなどが間違っている。


「これ……」


「すみません、俺が作りました」


 間違いを認めたのは、営業補佐になってまだ日が浅い新人の子だ。大した間違いじゃないと思いきや、次に言われた言葉に杏子も相馬次長も言葉を失った。


「もう、先方に送り届けちゃいました……」


「待って。これってB社のだよね? G社に送り届けちゃったってこと? しかもこの内容で?」


 杏子が問い詰めると、新人補佐官の佐藤はわなわなと震えて、見るからに顔色を悪くする。


 相馬次長も困った顔をしている。


「今日はみんな、帰れないと思ってくれるかな」


 大人な言いかたに杏子はほっとした。佐藤へ向き直り、落ち着いてと声をかける。


「三人でやれば間に合う。資料の作り直しをしましょう」


「俺が先方に行ってくるから、すぐにG社の資料の作り直しを頼めるかな?」


「相馬次長、それは私がします。佐藤くん、B社のほうを頼める?」


「もちろんです」


「佐藤、その前に一回落ち着くのに茶でも飲んでおいで。大丈夫、まだなんとかできるから。でも、残業は確定な。それと大冨も悪いけど一緒についてきて謝れるか? 女性がいるほうが、相手が優しくなるから」


 杏子は大きく頷く。次長が謝罪の訪問の準備をする間、資料の作り直しから始める。


 会社の名前が似通っていたことも、取り扱っている品物が同じこともあって、資料のあちこちが混同してしまっていた。


「いやあまずいな。最終チェックをしなかった俺が悪いけど……」


 顔色の悪い佐藤に休憩を促してから、相馬次長は頭を掻いた。


「次長、私なら二日間ぐらい寝なくても、怒られても平気です」


「そりゃ頼もしい。終わったらみんなでお疲れさんでした会しようか……上手い焼き鳥と日本酒だけを考えて仕事するかな」


「すっかりおじさんですね……」


「もうとっくにおじさんだよ。さ、やるか」


 まだ時刻は午後の二時。今から全速力で取りかかれば、先方の終業時刻までには資料の作り直しができて謝りに行ける時間もある。


 杏子は眼鏡を取り出すと、髪を一つにまとめてパソコンに向かった。

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