第42話

「うううううう――」


「あーはいはい。杏子、ちょっと休憩必要みたいね」


 翌日、杏子の悩ましい溜息を聞くなり、美奈子は休憩もかねてデッキへ連れていってくれた。


「わんこくんと進展あった?」


「まったくない。なのに、進もうと思うと邪魔されてる気がする」


「あーはいはい。なにやってるんだか。好きならつき合えばいいのにわざわざややこしくしちゃって」


「だってあの晴なんだもん」


「じゃあ杏子を悩ます男は、小さい時のわんこくんと同じ?」


 思い出すだけで顔面が発火しそうだ。わかっているけど、今の晴は昔の晴ではない。


 齧りついてくる八重歯は変わらないが、指も声も、昔とは全然違う。


「晴だけど、しっかり大人の男性で……だから困っちゃう」


「ライバルもいるし、婚姻届もどこにあるかわからない。その上、期限まではあとひと月ちょっと。どうするの?」


 三ヶ月は短い。誰かに彼氏のふりをしてもらうのは? という美奈子の提案もあったのだが、ずるい気がして安易に頷けなかった。


「観念してわんこくんの手に落ちちゃえ」


「うーん……」


「じゃあ独身王子を取る?」


「杉浦さんとはそういうんじゃないんだよねぇ」


「……あれ、俺のこと話してた?」


 後ろから声をかけられて、杏子も美奈子も短く悲鳴を上げた。二人にひらひらと手を振りながら、爽やかな笑顔で要が現れた。


「あっと……私すぐ出さなきゃいけない書類忘れてた、じゃあね杏子!」


「美奈子!」


 にこっと笑って美奈子は去って行く。彼女の後ろ姿に手を伸ばして、杏子は所在なく手を下ろした。


「俺の話題?」


「ええ、まあ。あはは…!」


 杏子は苦い顔を隠すように笑ったが、たぶん隠しきれてないだろう。

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