第41話
「家の前まで送らせるなんて、やるじゃんか」
玄関の壁に詰め寄られて、杏子はびっくりして晴を見つめた。
「言ったじゃない、ご飯食べてくるって」
「酒飲むとは聞いてないぞ」
晴が眉を吊り上げたので、杏子は晴を押しやると靴を脱いで上がった。
「晴、先にお風呂入っていいよ。私お腹いっぱいだしお酒も入ってるから、もう少し休みたい」
晴は不機嫌な顔を隠しもしない。先ほどまでの外面スマイルはどこへいったのか、ネクタイを緩めると杏子を睨んだ。
「さっきの男、経理課の人気の独身男だろ」
「晴。香水のにおいするから……早く入りなって」
なにか言いかけた晴に、杏子は釘をさす。
「そっちだって、営業フロアで絶大な人気の水谷さんといたんだから、私のこと言えないでしょ」
売り言葉に買い言葉だったわけだが、しかし、引き下がろうとは思わなかった。
「……わかった、風呂入る」
晴が風呂場へ行ったあと、やっと杏子はふうと息を吐いてソファに座った。携帯電話を取り出すと、要からメッセージが来ていた。
『今日はお付き合いありがとう。また一緒にワイン飲みましょう。美味しいお店知ってるんで』
それに杏子は次は割り勘なら、という返事をする。彼氏を作らなくてはならないのに、色気のない返事すぎたかもしれない。
「……こ、あんこ!」
「わあ!」
近くで晴の声がして、目を開ける。どうやらソファで寝てしまっていたらしく、バスタオル姿の晴が髪も濡れたまま杏子を覗き込んでいた。
「風呂。冷めるから早く入れ」
「ああ、うん……ありがとう」
立ち上がって服を脱ぎ、シャワーを浴びていると扉が開いた。
「――な、晴!?」
「忘れ物した」
「取るから出てって!」
「嫌だ」
晴はずかずか入ってくると、シャワーを浴びている杏子の横まで来た。
慌てて湯船に避難しようとしたが、晴の思うつぼだったようで腕を引っ張られて後ろから抱きしめられる。
素肌が触れ合う感触に、杏子はなにも考えられなくなる。
「俺になにかされるの期待してる?」
「ないない、ないってば……離れて!」
「忘れられなくするのなんて、すぐできるぞ。俺でいっぱいにしたい」
首筋に晴の唇が当たる。
「ちょ、やだ……晴!」
「よーくあったまっておけよ」
ぱっと杏子から離れて、忘れ物だというシェーバーを持って出ていってしまった。
「なんなの、もう……」
なにもされなくとも、杏子の頭の中はすでに晴でいっぱいで、胸の動悸がおさまらない。
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