第40話
送ってくれるという要の申し出を断ったのだが、彼は引き下がらなかった。
「あのね、大冨さん。夜道を女性一人で歩かせるなんて野暮なこと俺にさせないでくれる?」
顔を立てると思ってと言われて、ごちそうにもなってしまった上に悪いという言葉は却下され、タクシーに乗りこんだ。
なんて紳士なんだろうと感激している間にも、すぐに住まいに到着してしまう。
「今日はありがとうございました。すごくおいしかったです」
「こちらこそ、俺の趣味につき合ってもらってありがとう」
要は大のワイン好きだそうで、ワイン好きがあまり周りに居ないので、今まで一人で楽しんでいたという。
「いえいえ、お話ができて良かったです」
杏子の父方の祖父母は酒屋を経営しており、今は伯父が後を継いでいるため、杏子もそれなりにお酒は詳しい上に好きだ。
「ワインって結構酔っちゃうから、大冨さんが強くてしかもお酒詳しくて楽しかった」
それに杏子は微笑んだ。
「良かったらまた誘ってもいい?」
タクシーから降りて、要は丁寧に杏子に伝える。それにもちろんですと答えたところで、要が視線を上げてまばたきをした。
「あれ、うちの会社の人じゃないかな?」
杏子がもしかして晴かもと思って見ると、向こうから歩いてくる人が見えた。
まぎれもなくそれは晴だ。晴は杏子と要を交互に確認し、なにか言いたそうな顔をしている。
「営業の向井さんですよ、マンションが一緒なんです」
杏子は晴によそよそしく会釈した。晴は要がいる手前、いつもの人好きの笑みを向けてくる。
「今帰りですか、大冨さんと……ええとごめんなさい、初めましてですよね?」
「経理課の杉浦です。趣味のワインにつき合ってもらっていたんですよ」
「そうだったんですね」
当たり障りのない会話をしてから晴は去って行く。晴が見えなくなったのを確認して、杏子は要に向き合った。
「送ってもらってありがとうございます。また、会社で」
「おやすみなさい」
タクシーを見送ってから、杏子は急いで部屋へ戻る。
玄関を開けたところに晴が立っていて、ただいまも言えないまま腕を掴んで引っ張り込まれた。
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