第36話

 朝礼で、新しいプロジェクトが始まるという発表がされた。それにともなって、引き抜きの営業補佐官が来たらしい。


「――水谷かおりです。よろしくお願いします」


 支社から引き抜かれたと説明があったかおりは、みんなが一瞬息を止めるような美人だった。


 上品なスーツにスカートから覗く足は細長く、高めのヒールなのに嫌味が一切ない。


 艶やかな笑顔に似合うロングの巻き髪が印象的で、一瞬でフロアが華やかになる。


「というわけで、新入りの水谷と、石原・向井でこのプロジェクトを任せるからよろしくな。他のスタッフもサポートをしてくれ」


 朝礼後にデスクに戻ると、美奈子が椅子を滑らせて来た。


「ちょっと杏子、ピンチじゃん!」


 かおりが登場したこともあり、杏子の変身した姿には誰も気づいていないようだ。おかげで目立たなくて済んだと思っていた杏子の、後ろ向きな思考を美奈子がバッサリと切り捨てた。


「あの女、絶対にわんこくん狙うわよ」


「どうして?」


「わんこくんはものすごい人気株なのよ。おまけに今度の重要なプロジェクトに任命されちゃって。残業も二人での行動も多いでしょうし……」


 美奈子は口を曲げた。


「女の勘だけどね、男を落としにかかるタイプよ、あの人」


「はあ、そうなの……?」


 しっかりしてよと背中をばしんと叩かれて、杏子は盛大に咳き込んだ。


「後で泣きつかれても助けてあげられないんだからね。わんこくんを手放したくないなら、首輪でもつけておきなさいよ!」


「って言っても、あっちがご主人とか言ってるくらいで、私にはどうにもできな――」


「どうにかするのよ」


「……う、うん」


 もしくは最後の独身王子を狙うことね、と美奈子は眉毛を上げてニヤリと微笑む。


 杏子は、溜息を吐いてから机に戻って資料を整理する。晴の席を見ると、隣にかおりが腰かけていた。


(もうすでに仲良さそう……)


 晴の人好きのする笑顔が炸裂して、かおりが口元を隠しながら微笑んでいる。


 さり気なくネクタイの曲がりを直しているところまで見てしまい、杏子は慌てて目をそらせて資料をまとめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る