第33話

 デパコスを嫌がると察知していた美奈子によって、駅近のモール内のドラッグストアでメイク用品を探すことになった。


「これこれ、杏子にぴったりだと思うの」


 そう言って差し出されたのはリップクリームだ。


「キャップが鏡にもなるから、忙しくてもすぐ塗りなおせるの。ティントタイプだから、朝塗れば夜まで色落ちしにくいし」


「こういうのあるんだ」


「口紅と眉毛をしっかりさせると、メイクしているように見えるから。相馬さんの補佐だしあんまり派手じゃないほうがいいわよね」


 ペアになっている営業の相馬次長は、中堅のおじさまだ。彼は人当たりの良さと下町育ちの人情、柔らかな物腰と面倒見の良さが売りで、隣に派手な補佐官が居るのが想像しにくい。


「これはスティックタイプで、瞼に滑らせればグラデーションのアイシャドウになるから。マスカラはどうする?」


「そんなに一気にできない」


「じゃあ今日はここまでね」


 選んでくれたものを購入し、モールのメイクスペースに行ってさっそく美奈子に教わる。びっくりするほど短時間で、しっかりしているメイクになった。


「これで新しい杏子の出来上がり。ちなみに眼鏡は明日から禁止」


「あれブルーライトカットなのに」


「パソコンの時だけは良いけどあとはダメ。いい女に慣れておかなくちゃ」


 自信を持ってよ、と美奈子に背中を押されて杏子は頷く。


「これで杉浦さんもいちころね。でもその前に、わんこくんがころってしちゃうかも。なにせ杏子のこと溺愛してるから」


「晴のことだし、小ばかにしてくるのがオチだと思う」


「さあ、どうかな。明日わんこくんの反応教えてね」


 そこで美奈子と別れて、杏子はバスに乗り込むと帰宅する。


 髪を切った軽さに慣れない首元が寂しい。しかしそれと同時に、晴になんて言われるだろうとワクワクしている自分もいた。

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