第32話
美奈子の予約した美容院へ行くと、若くて爽やかなスタッフが出てきたことで、杏子はカチコチに固まった。
取引先ならまだしも、こういったところで若い男性と話すのは、杏子は抜群に苦手だ。
「女っぷりが上がる感じで」
すかさず隣にいた美奈子が、腕組みをしながら注文する。
「女の色気を上げて、なおかつ清楚で印象が派手過ぎない感じ……明るくしたいけど、プリンのまま放置しそうだし」
「……任せる」
「お兄さん。この人になら抱かれたいと思うような感じで!」
「美奈子、なにその注文!?」
美容師の青年はニコニコしながら任せてくださいと張り切っている。
「終わるまで私はあっちにいるからね。隣、マツエクのサロンなの」
杏子は一体どうなるのかと思ったのだが、施術が終わった時には、杏子は別人のようになっていた。
伸びっぱなしだった髪はセミロングになり、括ってもおくれ毛が出て色っぽくできる。前髪は横に流して耳にかけられる長さに、毛先にハイライトが混ざって明るい印象になった。
「私の見立ては間違ってないわ。それならできる女風を保ちつつ、パンツスタイルでも色っぽくなる!」
自信満々の美奈子にすすめられて鏡を覗いた杏子は、まるで別人の自分の姿に胸がドキドキする。
新卒で入社し、仕事を楽しいと思っていた日々を思い出した。
メイクも髪型もその頃はしっかりしていた。スカートをはいて、社会人のおしゃれを楽しんでいた。
しかし、社内でいびられて、陰湿ないじめを受けてからは、目立たないようにシフトした。
元々の臆病だった性格も相まって、地味なのがしっくりすると思い込んだ。それによっていじめがエスカレートしたこともわからず、杏子は前の会社を辞めてしまった。
それ以来、オシャレにあまり興味を持てないでいる。
「美奈子、ありがとう……」
「素敵に生まれたからには、オシャレもメイクも楽しまなくっちゃでしょ」
美奈子のおかげで、ワクワクが身体の中から込み上げてきていた。
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