第29話
翌々日。
要に借りたハンカチを返さなくてはならない。しかし、彼に会うにあたって杏子はかなり勇気がいった。
ほぼほぼ見ず知らずに近い人なのに、急に泣いたから困ったに違いない。今思えば、とても恥ずかしい。
ハンカチだけを返すのが申し訳なくて、外回りに行った時にドリップコーヒーのプチギフトを購入した。
勇気を振り絞り、社内メールで会えるか訊くとすぐに返事が来た。前回と同じ頃合いにデッキまで行くと、さわやかな笑顔で要が柵に寄りかかっている。
「杉浦さん、呼び出しちゃってごめんなさい」
「ううん、大丈夫。ちょうど一息つきたかったんで」
嫌味のない笑顔は杏子の人見知りの壁を崩してくれる。
「お借りしていたハンカチとお礼なんですが、受け取ってください」
「いいのに……逆に気を遣わせちゃったかな?」
「いえ、こちらこそ。あの時はお見苦しい姿をお見せしまして」
「落ち着いた?」
「おかげさまで、吹っ切れたような気がします」
デッキから見える都会の景色を見つめながら、たくさんの人がそれぞれの想いを胸に生きているのだと感じた。
晴が越してきたこともあって、主任の荷物は一切なくなった。
段ボールに詰めて置いておくと、晴はなにも言わずにそれらに塩を盛大に振りかけて、持って行ってしまった。
思い残すものはなにもない。前へ進めるスタートラインに立った。
「この間泣かせてもらってすっきりしたので……もし、元彼を見かけたら殴り飛ばしてやるくらいの強気にはなれました」
「ははは、それは良かった」
「悔しいからじゃなくて、前に進むために私も努力します」
要は「安心した」と笑う。それに杏子もゆっくりと微笑み返した。
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