第25話

「あんこに襲われるー」


「黙ってよ、バカ!」


 杏子は震える手で晴のシャツのボタンを外す。晴は面白がっているのか、杏子のことをじっと見ていた。


「結婚を焦った大冨さんに出向帰りの若い課長が襲われる、の図だな」


「ち、違うってば! 晴がシャツの中に婚姻届けを入れたからっ!」


「違わないね。どんな事情があれ、この状況を誰かに見られたら……あんこが俺を襲っているようにしか見えないぞ」


 杏子の手は結局、ボタンを外せずにそこに留まった。


「手が止まってるぞ」


 晴の両手が伸びてきて杏子の手を掴んだ。


「服脱がせるの手伝ってやろうか?」


 今にも泣きだしそうな杏子に満足したのか、晴はふふふと笑った。


「実はワイシャツの中じゃなくて、ポケットの中にいれたんだ」


「え?」


 晴の指先を杏子が視線で追うと、確かにスラックスのポケットになにかが入っている。


「取りやすいようにこっちに入れたの。ポケットからなら取り出しやすいだろ?」


「……」


 杏子の手を掴むと、晴は自身のスラックスへ杏子の手を誘導した。


「いい加減にしてよ、晴!」


「バカだなあんこ」


 指先をからめとられ、あっという間に資料棚に押しつけられていた。驚いた杏子の声が、塞がれた唇の間からかすかに漏れる。


「……服をお揃いで乱しておく?」


「最低」


「嫌がらないあんこが悪い」


 これでもかというほど甘い口づけに再度呼吸ができなくなる。晴の手が杏子の腰に回されたところで腰が抜けてその場にペタンと崩れ落ちそうになった。地面に倒れこまなかったのは、晴が支えてくれたからだ。


「大事な婚姻届を、こんなに小さく畳むわけないだろ? これはただの紙の切れ端」


 杏子をしっかり立たせたあと、晴はポケットから折りたたんだコピー用紙を取り出した。


 わなわな震えている杏子の唇を晴がぺろりと舐め、さらに額にキスをする。


「先戻るから。しっかり呼吸を整えてから来なよね、大冨さん」


 晴は満足したような顔で資料室から出ていった。


 杏子は恥ずかしさと完敗した悔しさで、しばらくその場で深呼吸をするしかできなかった。

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