第24話

 資料室で分厚いファイルを確認していると、後ろからぬうと影が覆いかぶさってくる。


 振り向けば、頭一個分違う高さから見下ろしてきている視線と目が合った。


「どうしたの、晴?」


「探しもの……D社の資料」


「それならこっちだったと思うけど」


 D社の資料に案内しファイルを摘まむと、杏子の手に晴が触れてくる。


「晴、会社ではふざけないって」


「婚姻届け、今持ってるって言ったらどうする?」


 晴は唇を杏子の耳に押し付けながら囁く。振り返ると晴はパッと手を離して意地悪な顔をし、資料棚に寄りかかった。


「あんこ、彼氏つくる気ある?」


「ある」


「化粧っ気もないし、スケジュールぎちぎちで直帰してくるし。本当にあるの?」


「あるってば!」


「恋愛下手なあんこのことだから、婚姻届けを破棄しちゃえば勝負はつかないって理由でこれ狙っているかと思ったけど」


 晴は折りたたまれた紙をぺらんと出してくる。杏子はかちんと来た。


「彼氏つくる気あるなら、まだ俺が保管しておくわ」


「彼氏つくる気あるけど、それを破棄して勝負が無くなるならそっちの方が早いわ。ちょうだい」


「誰に指図してるの、あんこ」


「晴に言ってるの」


「いい度胸じゃん」


 取ってみろよと腕を持ち上げてニヤリと笑ったのは、杏子だけが知る晴の素の顔だ。


「ほら、こっちだよ」


「あっ!」


 上に伸ばしていた晴の手に飛びつこうとしたが、晴はワイシャツの内側に婚姻届けを入れてしまった。


「取りなよ、あんこ。取れたら勝ちだよ?」


「意地悪!」


 からかわれているとわかり、杏子は顔が熱くなってくる。こうなったら意地でも取り返してやろうと、晴の襟首を掴んで引き寄せた。

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