第21話

 びっくりして「やめて」と言おうとした隙に、晴の舌が入ってきた。驚いて涙が止まるかと思いきや、なぜか逆に溢れ出してしまったのはあまりにも晴の体温が熱かったからだ。


 気が付くと晴に服を脱がされていて、彼の熱すぎる舌が肌の上を這う感覚に頭が真っ白になっていた。


「嫌なら言えよ……ちゃんと抵抗しろバカ」


 自分の心臓の音が耳の奥で響いて、周りの音は一切聞こえなかった。真剣な晴に向かって、唇を噛みしめながら首を横に振ったのを覚えている。


「……嫌じゃない……」


 恐怖はあった。けれど、晴があまりにもいたわるように触れてくるから、嫌とは感じなかった。


「あんこは、俺に泣かされてるほうがいい。そうしたら、心も頭も俺でいっぱいになるだろ?」


 晴が切なそうにするものだから、拒絶できるわけがなかった。


 慰めてくれようとしているのがわかっていた。やり方はおかしいし強引だけど、晴だって杏子の涙に動揺していたに違いない。


「バカだなあんこ。抵抗しろよ」


 抵抗する気が起きなかった。弟のように思っていたのに、いつの間にか立派な大人へ成長している。


「……しないなら、俺が全部責任取るよ。きょうちゃんは悪くない」


 晴は意地悪だけど嘘はつかない。杏子はすべてゆだねて、晴を受け入れた。


 始まりも終わりも認識しないまま、死ぬほど鳴り止まないお互いの心臓の音を聞いた。全部が終わると、手を繋いで布団にくるまって一緒に寝た。


 そして翌日。


 気まずいままになっていた杏子の元に、従姉妹が区役所からもらったという婚姻届を持って晴がやって来た。


 もういいから忘れて大丈夫! と言い張る杏子を脅して泣かせて、名前を書かせたこと。たしか、きっちり判子まで押した記憶がある。


 それは、本当になにかあったら晴は責任を取るつもりだった意志の表れだ。


 しかし杏子は冷静になってからパニックに陥ったため、その前後のことをすっかり忘れていた。


 だから、晴に脅されて泣かされて婚姻届を書いたことしか覚えていない――。

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