第3章 杏子と晴

第16話

 翌朝。コーヒーの香りで目が覚めると、隣で寝ていたはずの晴の姿がない。起きてキッチンへ向かうと、晴がリビングで卵を焼いている。


「……なにしてるの?」


「おはよう、あんこ。なにって、朝飯」


「それはそうだけど……おはよう」


 テーブルを見ると、淹れたてのコーヒーとトーストが置かれている。キッチンに並べられたお皿にはキャベツのサラダが、そして焼いた卵が隣に載せられた。


「よし、できた。食べるだろ? 早く顔洗って来いよ」


「私の分も作ってくれたの?」


「朝食代は、あとでたんまりご奉仕してもらう予定」


 杏子は半眼で晴をにらみつけてから洗面所へ向かう。顔を洗って、化粧水をつけていると、鏡の後ろに晴が映り込んだ。


 びっくりして悲鳴を飲み込むと、そこに置いてあった歯ブラシを指さした。


「彼氏の?」


 指さされた方向には、二本の歯ブラシがある。杏子は慌てて一本掴むと、ゴミ箱に捨てた。


「細かいところ洗うやつだよ。もう古いから捨てるね」


「ふーん」


 晴を連れてリビングへ行き、いただきますと手を合わせる。


「わ、美味しい……」


「目玉焼きは半熟が好きだったよな」


(……覚えててくれたんだ……)


 嬉しくなってつい微笑んでしまうと、晴がじっと覗き込んできた。


「あ、あれ、晴そういえばそのシャツ……」


「引き出しに入ってた。男物のシャツがあるんだな、あんこの家。コップも箸置きもシャツも、ついでに男性用の下着もあった」


 言い逃れできそうにない晴の視線に、杏子は言葉を詰まらせた。


「一人暮らしにしては部屋もでかいし、ベッドもセミダブル……あんこ。俺に隠し事してない?」


「……」


「あんこは俺のものなのに、まさか、他の男と付き合ってるとかないよな?」


 パンを噛まないまま飲み込んでしまい、のどに詰まる。慌ててコーヒーで押し込んだところで、晴の手が杏子の太ももをなぞった。


「未来の旦那様に向かって、隠し事するなんて」


「わかった言う! 言うから!」


 するとぴたりと晴の手が止まって、ニッコリと微笑まれる。しかし、晴の目はまったく笑っておらず、早く言えよと言わんばかりの眼圧だ。

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