第14話

「まずい、絶対まずい……」


 杏子は冷水にしたシャワーを頭から浴びながら念仏のように「まずいまずい」と呟く。


 晴がやってきてから、かなり調子を崩されている。このままでは、青春時代と同じく、彼に脅かされる日々に逆戻りしかねない。


 疲れをとろうと、湯船にお湯もためてしっかりと浸かってからお風呂を出た。髪の毛を乾かしてリビングへ向かうと、晴はソファで横になったまま目をつぶっている。


「……黙っていれば、本当に可愛いのに……」


 横に座って寝顔を覗き込むと、幼い時の面影が残っているような気がした。


 晴は幼い時からずっと、周りをよく見て動くタイプだ。出欠確認の時もお酒をこぼした時も、彼が杏子のことを見てくれていたのはわかっている。


 だから杏子は、晴が苦手だが彼を憎むことができない。


「晴、起きて。風邪引くから……お風呂は?」


「うーん、明日……」


「じゃあ起きて、ベッドこっちだから」


「あんこ、キスして。そしたら起きる」


 急に甘えん坊モードに突入されて、杏子は眉をひそめた。


「だめ」


「あんこ、お願い」


「いつまでも子どものふりしないで」


「じゃあ大人のキスでいいよ」


「バカ言わないでよ」


「してくれないなら起きない」


(まずい、今思い出したけど、これはあのパターンだ!)


 中学生になって大人び始めた晴は、駄々をこねてキスを杏子にねだるようになった。しないと帰らないとか、派手な髪色のまま学校まで迎えにいくとか言われて、散々杏子を困らせた。


 杏子は最終的に、晴の頬にキスする形で応じるしか逃げる方法がなかった。そうでもしない限り、頑固すぎる晴は杏子のいうことを一切聞かない。


 仕方ない、と晴の頬に唇を押し付ける。


「はい、キスしたから起きてお布団に入って」


「大人のがいいって言ったじゃん」


「今ので充分でしょ」


「そんなので俺が満足するとでも思ってんの?」


 起き上がった晴より先に、とっさに杏子は身を素早く引いた。


「続きは今度、いい子にお布団入れたら」


 まあいいか、と晴は起き上がるといきなり服を脱ぎ始めた。


「なんでここで脱ぐの!?」


「やっぱ風呂入るー」


 杏子は慌てて目をそらしたのだが、大人になった晴の上半身が目に焼き付いてしまった。


 それは思い出の中の幼い彼とはかけ離れている。杏子は恥ずかしくて顔をそむけた。

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