第11話

 結局杏子は、いつもサポートに入る営業の隣にいるか、バーカウンターでひっそりと懇親会が終わるまで過ごした。


 美奈子は女子社員たちと楽しそうにしていたのだが、輪に入ることを遠慮してしまった。


 二十九歳という微妙な年ごろのせいか、年下社員は杏子に気を遣う。中途採用でとっつきにくく、真面目で固い印象もあって話しかけにくいようだ。


「やだー、向井さんもう酔っちゃったんですかぁ?」


 黄色い声が聞こえてきて、女性たちに囲まれた晴が「もう無理だよ」と笑っているのが見えた。可愛いーとちやほやされて、机に突っ伏した頭を撫でられて喜んでいる。


「俺、まだ時差ボケでダメみたい」


「えー、このあと二次会誘いたかったのに」


「すみません、また今度にしてください」


 そんなやり取りを耳にしつつ、杏子はワインをごくごく飲み干した。


「お開きにするぞー!」


 幹事から一言と言われたので、当たり障りのない言葉で締めくくって、すぐさま解散した。しかし、駅に向かおうとしたところ、後ろから小暮に声をかけられる。


「幹事の大冨さん、この酔っ払いの世話よろしく頼んでもいい?」


 彼の脇には、へべれけになった晴がしがみついていた。


「え、私ですか!?」


「酔っぱらいを送り届けるのは、日本では幹事のお仕事でしょ?」


「海外と一緒で自己責任です」


「そう言わずによろしく。僕は部長に二次会に誘われてて断れないんで」


「え、む、無理です。向井さんも大人なので、一人で帰ってくれないと」


 突っぱねようとしていると、晴はなぜか杏子めがけてがっちりとしがみついてきた。そのせいで小暮は晴を手放してしまう。


 小暮は杏子にだけ聞こえる声で囁いた。


「二人が幼馴染なのはこいつから聞いていてね。なにかあったら大冨さんにって言われてるんだ」


「そんな……」


 杏子なら晴を任せても色んな意味で安心だ、という女子たちの視線が寄せられてくる。頼んだよと言い残し、小暮は手をひらひらと振って離れていく。


「ちょっと待っ」


「じゃあね、みなさん。また明日ー!」


 晴は突如身体を持ち上げて、手を大きく振る。みんなが見えなくなったところで杏子にもう一度しがみ付いた。


「ちょっと晴ってば、重い!」


「あんこ。今日はあんこの家行くから」


「はい!?」


「拒否権はない」


 晴は杏子の腰に手を回してきた。

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