第8話

 歓迎会のお店を部長へ報告すると、出欠を聞くように頼まれる。


 終礼で聞こうか迷っていると、やりとりを聞いていた晴がひょこっと目の前に現れた。


「じゃあ俺が聞いてきます。お店リクエストしたし、挨拶したいんで」


 部長は晴の申し出に「いいねぇ!」とニコニコしている。杏子からすれば胡散臭い笑顔に思うのだが、晴は昔から外面がいい。自分の両親もそれでずいぶん騙されていたと思う。


「では向井さん、お手数ですが出欠確認よろしくお願いします」 


 杏子が店のホームページを印刷した紙と社員の名簿を渡すと、晴は笑顔になる。


「大冨さんも一緒にお願いできますか? 名前と顔が一致していないかたがいるので」


 そうきたか、と杏子が面食らっていると部長が口を開く。


「ああ、ちょうどいいからみんなの紹介を大冨さんにお願いするよ」


 それは部長がしたほうが……という言葉を吞み込んでいると、晴が「行きましょう!」と杏子の手からお店のチラシを取った。


 部長から離れたところで晴のスーツの裾を引っ張る。


「ちょっと晴……」


「うるせーな。一緒に聞いてやるんだから感謝しろ」


 杏子はむっとしたのだが、昔からこういうのが苦手だったので、正直なところ晴が率先して聞いてくれるのは助かった。


 杏子にはあんまりな反応の女子社員も、晴がにこやかに歓迎会の話を持ち掛けるとあっという間に出席になる。


「……女たらし」


 杏子がぼそりと呟くと、晴はニヤリと笑った。事務職の女子のところまで来ると、一人が思い出したように手を叩いた。


「向井さん、前の名刺ください。新しい役職で発注し直しておきます」


「そうだった、名刺新しいの作んなきゃいけないの忘れてました」


 晴はポケットから名刺入れを出すと、その中から一枚取り出して丁寧に渡す。


「向井晴です。よろしくお願いします!」


「ありがとうございます。私の方が年下なので、敬語使わなくていいですよ。ちなみに向井さんの役職は……課長で間違いないですよね」


(ん? 課長――!?)


 杏子はそのやり取りの間、驚きすぎて固まってしまった。


「肩書は課長になったんですけど、まだまだペーペーなんで。よろしくお願いしますね」


 課長という言葉にドキッとした。杏子は中途採用ということもあり、まだ一般社員だ。つまり、三つも年下の晴に役職で抜かれた形になる。


 晴の人たらしの笑顔に、事務の女の子が頬を緩めたことにさえ気が付かないほど、杏子は頭が真っ白になっていた。


 挨拶も終わったところで振り向いた晴が、杏子にだけわかるように口の端に意地悪な笑みを乗せていた。

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