第7話

「はあああああああああ――……」


 重たいため息に、周りにいた人々がぎょっとした顔をする。美奈子が椅子をスーッと寄せてきた。


「どうしたのよ?」


 杏子は資料の隙間から、遠くの仮デスクにいる晴をじっとりと睨んだ。先ほどの俺様はどこへいったのか、爽やかな年下わんこ系の可愛い笑みを振りまいている。


 連絡先を勝手に登録されたのはまあいい。しかし、好みの店じゃなかったらお仕置きすると脅され、昼休みの間中、晴に後ろから抱きかかえられる形でお店を検索する羽目になっていたのだ。


 ちっとも休めなかった杏子の心労は、現在ピークに達している。


「家に帰りたい……」


「具合悪いの?」


「そうじゃないけど、そんな感じ」


 言葉を濁していると、美奈子は杏子に近寄ってきた。


「わかった。やっぱり向井くんに一目ぼれなわけね?」


「まさか……ねぇ美奈子、絶対誰にも言わない?」


「噂話は好きでも、私の口が堅くて有名なのは、よくわかっているわよね?」


 美奈子はあちこちに言いふらす性格ではない。それが、美奈子のきちっとしたけじめだ。杏子も口が堅いので、美奈子の話を誰かに言うこともない。


 そういうこともあって、杏子も美奈子もお互いを信頼しあっている。だから晴のことを打ち明けるのは、美奈子しかいない。


「あのね、向井晴は私の幼馴染なんだ」


「……! ちょっとそれ本当の話!?」


「両親が仲良くて、実家も近所だったの。晴はガキ大将で、私もかなりいじめられたからトラウマで……」


 美奈子は驚いた顔をしつつも、ポンと肩を叩いた。


「運命の再会ってやつね」


「美奈子が思っているような、良い感じの幼馴染じゃないってば」


 訂正が果たして美奈子に正しく受け取られたかは定かではない。美奈子はまたあとで詳しく、と言い残してデスクに戻る。


 杏子は憂鬱な気持ちで午後の業務に取り掛かった。

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