第6話



「とりあえずメシウマはマスト。お酒は種類少なくていいからワインがあるところ……っていうと、創作料理とかか。俺は和食がいいけど、ほかの料理も食えるほうがみんな楽しめるよな」


 唇が離れていったと、晴が懇親会のリクエストを言い始めた。


「わかった。そういうお店探すからどいて」


 反抗した杏子の額に、今度は軽めのデコピンが飛んでくる。杏子の眼鏡がずれた。


「誰に向かってもの言ってんだよ。どくかどかないか決めるのは俺だ」


「うっ……」


 晴に強く言われると杏子は昔から言葉に詰まる。悔しいかな、営業職に就いて男性に萎縮するのを克服したはずなのに、元凶である晴相手だとハードルが高い。


 両手を拘束されたまま、再度、晴の顔が近づいてくる。とっさに目をつぶり体中に力を入れたところで、耳にふっと息を吹きかけられた。


「ひゃあ!」


「ははは、相変わらず色気ないな」


「ほんとにやめてって」


「だから、誰に向かって指図してんだよ」


 ガブリと耳に噛みつかれて、さすがに痛くて抵抗した。噛みついたあとにぺろりと舐められて、背筋がぞわりとする。


 動けなくなっていると、やっと満足したらしい晴は杏子を抱き起して隣に座った。


「ほら、さっさと店検索して。休み時間がなくなる」


 慌てて携帯電話を取り出すと、隣からパッと取られてしまう。


「晴、なにして……」


「ご主人様の連絡先を知らないと、あんこが困るだろ?」


「困んない!」


「うるさいな」

 

 顎を摘ままれて杏子は押し黙った。そのままコツンとおでこがぶつかる。


「……俺のいうこと聞かないと、婚姻届け勝手に出すからな」


「なっ!」


 悪魔のような笑みを見せられて、杏子は開いた口が塞がらなかった。


「わかったなら言うこと聞いとけ。いいな、あんこ?」


「うっ……」


「返事は?」


 杏子は思わず「うん」と言ってしまっていた。

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