第5話




 小さい時は臆病で、なにをするにもおっとりしていた。臆病な性格が直らなかったのは、向井晴のせいでもある……と杏子は思っている。


 晴は可愛い顔に似合わず近所でも有名な悪ガキで、杏子の三つ年下なのにも関わらず上級生とのタイマン勝負でも負けなしだった。


 喧嘩が強く、天賦のカリスマ性を持ち合わせていたため、隣町まで名前が知れ渡るくらいの有名人だ。そして杏子はというと、晴とはいわゆる幼馴染で性格は真逆。


 当時少しふくよかだった杏子は、『大福あんこ』とひどいあだ名をつけられて、晴にいたずらされ続けた。


 公園で友達と遊んでいれば鞄の中に得体のしれない虫の幼虫を入れられ、泥団子をぶつけられたことは数えきれない。スカートをめくられるのはあいさつ代わりだ。


 悪いことに晴の親は出張が多いため、仲が良い杏子の両親は晴を預かることも多かった。そのせいで杏子は晴にターゲットにされ続けた。


 両家の親たちは、晴の悪事の数々を子どもの悪戯で思春期くらいにしか考えていない能天気っぷりだったから、晴はのびのびと特大ギャングに成長した。


 いずれ悪戯も減ると思っていたのだが、なぜか晴は中学生になっても年上の杏子に纏わりついてくるのをやめなかった。


 放課後に杏子の学校まで迎えにきて、そのまま家に居座ることもしょっちゅうだ。


 初恋の相手と帰宅しようとした時も、晴の乱入でめちゃくちゃにされたため、甘い思い出になるはずが苦い過去になっている。


 おかげで、大冨はヤバいやつと絡んでいると噂され、杏子の青春は大半は黒塗りしたいくらいのブラック歴史になっている。


 そんな問題児の晴と離れることができたのは、杏子が大学に入ってからだった。


 念願の一人暮らしになってから晴の襲撃はなくなった。そして杏子が大学二年の時、彼の家族は会社の都合で引っ越しすることになった。


 だから、高校を卒業したのを最後に晴とは顔を合わせていない。


 そんなことがあって、杏子にとって晴は悩みの種でしかない。


 晴のせいでより委縮しがちになった性格を直そうと努力し、慣れないことをたくさんしてきた。


 おかげで多少は自信も出て意見も言えるようになり、良い会社で営業補佐という地位につけている。


(やっと頑張って手に入れたのに……また晴に壊されてたまるか!)


 突然現れた、超大型台風のような幼馴染に負けたくない。


 けれど、すでにどうしていいかわからなくなりそうな自分がいる。


 いつの間にか晴は大人の男性になっていた。身長も自分よりも低かったのに今じゃ見上げるほどに大きくなっている。鍛えているのか、突っぱねた時に触れた胸板は厚く、力は強い。


 そして、杏子が見たことのない甘く意地悪な顔で、当たり前のようにキスをしてくる。


 記憶の中の晴と、現在の晴が一致しない。


 そのどうにもできないギャップと衝撃的な口づけが、いつまでも杏子の脳内を揺さぶり続けている――。

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