第4話

 会議室に入るなり、鍵をかけられると杏子はソファに半分押し倒された。


「な・ん・で運命的な再会を果たしたのに怯えているの、あんこ?」


「なんで、この会社にいるの?」


「それはこっちが聞きたい。中途採用? まあなんでもいいけど、飛んで火にいる夏の虫って、まさしくあんこのことだよな」


 ソファで体勢を整えようとしていると、晴は覆いかぶさるようにして距離をつめて、可愛い顔で覗き込んできた。


「やっぱり本当にはるなの……?」


「そーだよ。未来の旦那様の顔なのに、忘れたとか言わせないぞ」


 晴の手が杏子の頬に伸びてくると、親指が唇をなぞっていく。思わず両手を伸ばして、迫ってくる彼の身体を押しやった。


「待って待って、未来の旦那様ってなに、どういうこと!?」


「婚姻届け書いただろ?」


 遥か昔、この向井晴という男に脅されて、婚姻届けを泣きながら書かされたことを思い出した。


 その時は杏子が高校生、晴は中学生だ。従姉妹が区役所で面白がって持ってきたものだった記憶がよみがえってくる。


 いまだに晴がそんなものを所持しているとは思ってもみなかった。


「捨てるって言ったじゃん!」


「なんで俺があんこの言うこと聞かなきゃいけないわけ?」


 杏子は晴の悪魔のような微笑みに絶望した。


 ――そう。


 いつだって、晴は杏子のお願いを聞いてくれたことなんてない。


「捨ててほしかったら、俺が満足するようなキスしてお願いしてみてよ。そうしたら考えてやらなくもない」


「それをしたところで、捨ててくれないでしょ?」


「ずいぶん生意気になったな、あんこ。躾し直しだ」


 乱暴にされるかと思って目をつぶったのだが、びっくりするような甘い口づけをされた。


 一瞬驚きすぎてわけがわからなくなったところで、急に耳を触られたかと思うと、晴が唇を噛んできた。


「痛っ、晴やめっ……」


 押しやろうとした両手を押さえられ、今度は深い口づけをされる。頭が真っ白になりかけた時、晴は意地悪な顔をしながら離れていった。


「誰がご主人様か忘れたなら、もっかいたたき込んでやるから、覚悟しろ」


 もうこれは逃げられないかもしれない。杏子の脳内が警鐘を鳴らしていた。

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