第3話

 歓送迎会の幹事は誰だと部長がフロアに声を投げかけたのは、お昼休みになる五分前のこと。集中していたためその声に気が付かず、後ろから美奈子が声を張り上げた。


大冨おおとみさんでーす!」


 部長が杏子を手招きしてくる。


「水曜日が早帰りの日だし、その日で調整してくれ。場所は任せるけど、主役二人に意見を聞いてからにしてもらってもいい?」


「わかりました」


「じゃあ二人のリクエスト聞いてきて」


「え!? 私が!?」


「幹事だろう」


「はあ、ですよね……」


 気乗りしないまま仮デスクにいる二人の元へ向かう。一人は四十代のいかにも仕事ができるといった感じの男性だ。話しかけると「なんでもいいよ、お任せする」と優しい笑顔だ。


 もう一人にも訊ねようとしたところで昼食を告げるベルが鳴る。


 また後で聞けばいいかとその場を離れようとした杏子に、悪魔のようなスマイルが投げかけられた。


「小暮さんと違って俺好き嫌い多いから……周辺のお店一緒に調べるの手伝います。会議室B空いてるんで、そこで今から打ち合わせしましょう。ね?」


 昼休みを潰す気なのがまるわかりだが、うまく断る台詞が思い浮かばず杏子は黙ってしまう。すると、隣で聞いていた小暮がくすくす笑った。


「こいつほんとに好き嫌い多いから、一緒にお店決めたほうがいいよ。あとで文句言われたら大冨さんも嫌だろうし」


 助けを求めようとする暇もなく、杏子の肩に手が置かれた。耳元に顔が近づいてくる。


「逃げんなよ、あんこ」


 先ほどとは打って変わった口調に、杏子の背筋は凍った。恐る恐る振り返れば、獲物を見つけたと言わんばかりの瞳と目が合った。


(最悪……)


 杏子はこの悪魔から逃げるすべを、今もまだ知らないままだ。

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