第2話

 美奈子に幹事を押し付けられたが、断ろうと考えていた。しかし、週明けに出勤するやいなや、幹事を断るどころの話ではなくなった。


「――……最悪」


 確認しておけばよかったと思うのと、自分の悪運の強さを呪うのが半分ずつ。


 朝礼でみんなの前に立っていたのは出向から帰ってきた社員で、そのうちの一人に見覚えがあった。


(見覚えというか、もはや悪夢すぎて忘れられない……)


 ばれないように身をかがめ、これから先どうしようか悩む。そんなモヤモヤを吹き飛ばすように、爽やかな声が聞こえてきた。


「――向井晴むかいはるです。また一緒に働けるのは嬉しいですが、久しぶりなので、わからないことだらけだと思います。新人と思っていろいろ教えてください!」


 爽やかなルックスに、笑うと見える八重歯に可愛い顔立ち。どうやら他人の空似ではないらしい。


 杏子は絶望した。ため息を吐いているうちに朝礼は終わっていて、みんながデスクへ戻っていく。


 出遅れてしまい慌てて戻ろうとした時、ふと視線を感じた。まさかね、と思って振り返ると、先ほど自己紹介した青年と目が合う。


 ――にやり、と彼の口元が笑った。


(……あんこ!)


 彼の口元が確実に『あんこ』の形に動いた。杏子は脚をもつれさせながらデスクに戻って縮こまる。


 背中をつつかれて「きゃあ!」と悲鳴を上げてしまったから、話しかけようとしていた美奈子はぎょっとした顔になる。


「ちょっと杏子……どうしたのよ?」


 杏子は恥ずかしさと恐怖のダブルパンチで机に突っ伏した。


「杏子ってば、ねえ。あ、もしかして、向井くんの可愛さにやられちゃった!?」


「ちがっ、そんなんじゃない――」


「じゃあなによ。そんな怯えて、顔真っ赤にして」


「あ……ま……」


 聞こえない、と美奈子が椅子ごと杏子に近寄る。資料の隙間から顔を覗かせて、杏子は涙目になりながら美奈子を見つめた。


「あいつ、悪魔なの!」


「ん? どういうこと?」


 始業のベルが鳴って、美奈子は「あとで詳しくね」と自分の席へ戻る。


 杏子は部長から指示を出されているヨーロッパ帰りの二人を見て、憂鬱の極みのような大きなため息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る