第1章 帰ってきた彼

第1話

 二年ほど出向していた営業職の社員が帰って来るらしい。ということで、にわかにフロアが色めき立ったのは先日のことだ。


 中途採用で入った大冨杏子おおとみきょうこは、出向というやり取りがこの会社にもあったことを始めて知った。


 来週に帰国するという話で、自分とは関係のないことに思えて特に興味もそそられない。しかし、パソコンの画面と戦っていると、後ろからつんつんと肩をつつかれた。


「今度帰って来る二人、一人は奥さんいるんだけど、もう一人は独身でね」


 聞いてもいないのにぺらぺら話しかけてくるのは、同い年の社員、美奈子だ。


 派手な見た目にさばさば系の性格で人望も厚い。おまけに噂話には最高に耳聡く、美奈子が知らない話はないとさえ言われる。


 杏子があいまいに相槌を打っている横で美奈子は続けた。


「年下でかなり甘めの顔立ちの可愛い子なの。杏子は見たことないと思うけど、ふわふわわんこ系の爽やか青年!」


「へー……出世コースまっしぐらだね」


 杏子の返事があまりにも適当すぎたせいで、美奈子に思い切り背中を叩かれる。


「ちょっと杏子、棒読みすぎる返事!」


「ごめんごめん。だって、私には関係のない話で……」


 美奈子は憤慨した顔をする。怒っているというのにつやつやの口紅が色っぽく、女性から見ても美人だ。


 反対に杏子はと言えば、色気という色気はどこかへ置いてきたらしい。中途採用で入社後、営業補佐になったことも相まってオシャレよりも仕事に熱心だ。


「杏子もお年頃だし、彼氏とも別れたんだったら早めに唾つけときなって」


「今はそんな気になれないってば」


 美奈子はため息を吐いた。


「そんなことだろうと思ったこの美奈子ちゃんが、杏子を歓迎会の幹事に推薦しておいてあげたからね!」


「はい?」


「もう決まったから、よろしくねー!」


 美奈子は手をひらひらと振ってデスクへ戻ってしまう。


「え、幹事? 私が?」


 杏子は唖然としたまま、しばらく固まっていた。

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