等間隔に
私は(あなたは)狭間の旅人。
さあ、呼吸を止めて。等間隔のステップを踏んで。
一、二、三、四――世界が廻るのが、見えるでしょう?
目にもとまらぬ速さで景色が通り過ぎて行く。
私は(あなたは)迷わずに、歩みを進める。
歩幅はいつも等間隔に一、二、三、四――
ふう、と息を継いだそのとき、私は(あなたは)辿り着く。
獣も惑わす森の中。
洞穴の奥底、細くひび割れた天井から星月のあかりが落ちるみなもは、青く深い。水底に手を伸ばし、冷たい水に飛び込んで――
痛いような陽光の降り注ぐ石畳に着地する。
街は祭りのさなか、耳慣れない言葉を交わす人々は笑い、複雑にスパイスの入り交じる芳香が満ちる。大鍋でスープを煮立てる屋台の前で大きく息を吸い込んで――
地表も見えない、塔の先端。ある国のおとぎ話に残る竜の卵がここに在ること、きっと誰も知らないでしょう。
うなる風が髪の毛を吹き上げ、私の(あなたの)身体ごとさらっていこうとする。背を押されるまま、一、二、三、四、宙へ飛び出し――
柔らかく清潔な毛布に、ばたんと埋もれて一休み。
等間隔のステップを踏んで、私は(あなたは)どこにでも行く。
たとえ地の裏、大海の果て、望むのであればどこにだって。
私は(あなたは)狭間の旅人。
さあ、世界の隙間に潜り込んで。
それはとても簡単、とても甘美。恐れることなどなにもない。
例えばそう、研究室に籠もる老博士を一人、見つけましょう。
「どなたかな。はて、人に会う約束はあっただろうか……」
豊かに垂れる白眉毛の奥、老人は眼鏡を上げたり下げたりしながら訝しむ。
私は(あなたは)にっこり微笑んで告げるだけ。
「お忘れですか先生? 先日手伝いとして雇われたものにございます」
もちろん、こんなふうに言ってもいい。
「先生! どうか早く新しい弟子の顔を覚えてください。きっとよく勉強しますから」
「はて……なるほど……ああ、そうだった、そうだった。これは失敬」
老博士は私の(あなたの)名を呼び、さっそくいくつかの用事を言いつける。
己のもうろくを嘆きながら、研究を再開することでしょう。
私は(あなたは)望みのままに、世界に合わせてかたちを変える。市井の片隅に眠る夜、それとも王侯貴族の饗宴に酔い痴れる夜。
そう、決めてしまえばそのようになる。
等間隔のステップを踏んで、私は(あなたは)狭間を渡りどこにでも行く。どこかの世界で、誰にでもなれる。
――だけれどそう、忘れないで(思い出して)。
私は(あなたは)狭間の旅人。
誰でもあるし、誰でもない。
どこに在っても、どこにもいない。
しんとして鏡のように静まりかえる、洞窟の湖面。
灯明の光陰をくぐり踊る人の輪、弦と太鼓の音が遠く響く。
古き竜の仔は、誰にも見つけられることなく冷たい眠りの中に。
ある日老博士のもとへ配達にやってきた道具商は、老人が自ら品をあらためるのを見ながら、はてと首をかしげた。
「あれ、先生。お手伝いさんだったかお弟子さんだったか、誰だったかな。とにかく、今日はいらっしゃらないんで?」
「うん? はて――そんな者がいたことがあったかな? よそと間違えておらんか」
「だってこの前――いや、どうでしたっけ? よそと、間違えてるかもですね」
通り過ぎて行く景色。通り過ぎる誰か。数えることなど意味はない。
私は、或いはあなたは、いつでもどこかしらにいて、いつもどこにもいないのだから。
さあ、歩き続けましょう。
どこまでも軽やかに、行手だけを見て。
決して踏み外さぬよう、等間隔に、ステップを踏んで。
一、二、三、四――
廻りに廻る世界を渡り、隙間を探して世界に擬する。
私は(あなたは)狭間の旅人。
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