【短編】トンネルを考えるのが罠かもしれない

直三二郭

トンネルを考えるのが罠かもしれない

 急にごめんね、でも少しでもお金が入ったらありがたいの、まさか会社がこんなにあっさりと潰れる何て。

 社員にろくな給料も払ってない癖に潰れやがって。またムカついて来た、聞いてくれたらあの会社の話なら何でも話してやるから。

 ……え、会社の事はあんまり聞かない?

 まあ会社には無いか、『少し不思議』な話は。ムカつく事はたくさんあったけど。

 強いて言えば、社員にまともな給料を払ってない癖に潰れた事かな、あとクソ社長はどうゆう経営してたんだか、夜逃げしたらしいし。

 うん、アレが無能だっただけで会社は『少し不思議』でも何でもないか。

 ちなみにあの無能が社長やってたのも不思議じゃなくて、無能社長の父親の友達が複数会社を経営してて、無能をそのうち一つの会社の社長にしたの。

 要は有能社長は忙しいから無能と交代したの。本人が何故か自慢しながら言ってた。

 じゃあ話しますか、私に『少し不思議』な話を。

 ……今更だけど、今考えればよくある話かもしれないけどさ。






 仕事でトンネルが多かった山道を走った時の話だよ。

 この辺にはあんまり山は無いから、私も山道はあんまり走った事は無いんだよ。でも仕事だから、そりゃ山道ぐらい行くよ。

 何年前かは忘れたけど、二、三年前かな。向こう三県の交通の便が悪い、車でしかまともに行けなかった場所にある会社に行った時だったよ。

 前乗りは出来なかった、泊まってもその分の旅費は出ないって言われたよ。社用車で出るからこっそり自費で泊まる事もできなかった。

 ……今考えたら、自費で泊まる事を考える事がおかしいよね、あの時の自分。

 まあそれはいいとして、しょうがないから行ったよ、朝早くから車で、一人で。眠らないようにドリンク買って、高速を飛ばしたよ、法定速度内で。

 カーナビは付いてたけど、これが古くて。一応行く前に道を調べたから高速を出てしばらくは問題無かったけど、そこからが大変だった。

 カーナビが古すぎて、知らない道が結構出来てたんだよ。

 あのクソ社長、カーナビの地図データを更新するとお金がかかるからって、更新しなかったんだよ。

 確かに道はスマホでも調べられるけど、でも調べてる所を警察に見られたら違反で罰金だから。私はそんな危険は侵さない主義なんです。

 それにバッテリーも不安だし、調べていた道を思い出しながら運転してたよ。

 高速から降りてから苦労して別の山に入って、目的地に向かったんだ。

 目的地の会社は、酒を造ってる古い会社。昭和になってから会社になったらしいけど、作っていたのはその前かららしい。

 知る人ぞ知るって聞こえはいいけど、要するに誰も知らない酒を造っている会社。

 どこからかそれを聞きつけたあの無能が、何かのイベントに出して売ろうとしたの。どのくらい作っているかは知らないけど、少ないという事にしてプレミア感を出して、高く売ろうとしたんだと思う。

 何しろあの会社にはホームページは無かったし、検索してもほとんど出てこなかった。出てきた情報と言えば、会社の名前と酒を造っている事ぐらい。

 会社の名前は……、何だったかな?

 実は結局は、交渉は最後に失敗したから相手の名前を覚えていないんだよね。

 まあ、名前もこの話には関係ないよ。相手の会社では何も無かったし、普通に帰ってこれたんだから。

 『少し不思議』な事が起こったのは、行きの時だよ。

 さっき別の山に入ったって言ったけど、つまりその山の中の話だよ。

 もちろん山には道路はあったし、それも結構頑丈だった。壊れている部分も当時は無かったし、使っている車は少なかったけど、奇麗なもんだったよ。

 考えたらあんなの綺麗と思ったのも、『少し不思議』かな。

 ただこの話は、トンネルが多かった話。これが本当に凄い多かったの。

 山に入ってすぐトンネルで、出ても数分でまたトンネル。二十回はゆうに越えたね、多分だけど。

 あと山道だから、道が少し上ってると思っていたら下りていたりして、当時は本当に着けるか不安だったかな。

 で、ふと気がついたら雪が積もってるんだよ、少しだけどさ。

 確か春になろうとしていた頃だったと思う、四月じゃなかったはずだけど。

 最初はさ、この辺にはまだまだ雪が残っているんだとしか思わなかったよ。

 あんな遠くに離れた所でいつ雪が降った何て調べてないし、天気予報は見たけど当日の晴れを見たらそれで終わり。

 それに道路には全然残ってなかったから、珍しい物が見れた、それで終わりだよ。

 この辺じゃ全然積もってなかったけど、もう大人なんだから、雪で遊ぼうなんて思うわけが無い。

 その内またトンネルに入って、抜けたらもう雪は無くなってた。だからここには残ってなかったか、そう思ってそれで終わり。

 調べた道はまだまだ先だから、まだガソリンは半分以上残っているけど、道を確認するついでに一応満タンにしておこうかと思って、スタンドを探しながら走っていたよ、一本道だけど。

 田舎にはスタンドが少ないけど、山には一件ぐらいは必ずあるものだから、なかなか無いなと思いながら、その時は全然気にせず走ってたよ。

 トンネルに入って出たら、スタンドは無いけど雪は残ってる。又入って出たら今度はスタンドはやっぱり無くて、雪も無くなってる。

 何回かトンネルを抜けてたらふと思ったんだよ。

 雪が有るのと無いのが交互になってないか、普通はそうなったりする物なのかって。

 考えたらトンネルを通っても同じ山なんだから、こんな頻繁に有るのと無いのが交互になるのはおかしいでしょ。

 トンネルを抜ける度にこの世界と別の世界を行ったり来たりしてるんじゃないかって、そんな馬鹿な事を考えてしまったんだよ。

 そう、馬鹿な事。そんな事があるわけ無いのに。

 でも当時は怖くなってて、止まれずに走ってたんだよ。

 スタンドもあったけど止まれず走ったよ、今考えたら本当におかしいんだけど、二軒も通り過ぎてしまったの。

 まあ結局は普通に目的地に着いたんだけど。

 そう、調べたと通りに途中で道が別れてて、曲がったらあっさり着いたの。

 その時聞いたら、あそこの道ではよくあるらしいよ。

 トンネルに入る時に少し曲がったりしてて、だから出ると雪が有る無しが変わるんだって。

 ようは地元の人間には当たり前の事なんだってさ。

 でも地元の人じゃなかったら『少し不思議』な話になるってわけ。

 ……え、それ一回しか行って無いよ。

 実はこの時の交渉はいい具合に進めてたんだけど、その内にあの無能が横取りして、全部おじゃんにしたの。

 さすがは無能、なかなか出来ないよ。あそこからの白紙は。

 後は最後にもう一回会って確認してから契約の所で口を出してきて、社長だから顔を出すって言い始めて、一緒に行くってなったの。

 それはまあ、そこまでおかしくないかもしれないけど、あの無能は全部名前を自分の物にしたの。

 しかも今度は前乗りして一緒のホテルに泊まるって言い出したから、私は急に病気になって一週間休みました。

 で、病気が終わって出てみたら何故か全部白紙になってて、責任は全部私に。無能でもこうゆうのは上手いんだよね。

 まあ周りはみんな知ってたから全然平気だったけど。

 あれが成功してたらまだ潰れてなかったかもしれないかな、どうだろ?

 ぶつぶつとあの会社の文句は言ってたけど、他にもあの無能の失敗は沢山あったから。

 これで終わり、これでいいかな?

 ……そう、あの無能は夜逃げ。朝会社に出ると社用車が無くなってて、アレは会社に来なくて電話にも出なくて、家にもどこにもいなくなってた。

 その内に前の社長、当時は会長が出てきてさ。よく分からないけど、もうどうしようもないから倒産するって言って、その通りになりましたとさ。

 会長からは言われたな~、私達は何をしていたんだって。

 で、言い返したの。私達の仕事を潰すのが社長の仕事ですか、潰すのが仕事だからあの無能は実は有能だったんですか、って。

 何しろ潰れるんだから、何を言ってもいいでしょ?

 ……あの無能がどこに行ったかって言われてもねぇ、知ってたら夜逃げじゃないし。

 最後の契約の時、あの会社に行ったのは一人で行ったと思うよ。

 言ってみれば私はドタキャンしてサボったんだから。

 いや、違う。病気で休みましたよ?

 まあ交渉は失敗したんだから行ったとは思うけど、まさかあれがあの会社に行ったって言いたいの? 遠すぎない?

 あ、そっか。夜逃げしたから遠くでいいんだ。

 ……じゃあこのお金はありがたく。……うん、あの会社の人とは結局一回しか会っていないし、顔も覚えていないよ。

 もうゆっくりしたから、そろそろ仕事を探しますよ、っと。






 別れるとなるべく人通りが多い道を歩き、パーキングに置いてある車に座った。

 周りを見て尾行はいなかったかを確認し、見張りがいないかのも確認してから上司に連絡し、簡単な経緯から報告する。

 女性から急に話しかけられて、『少し不思議』な話をするから礼金が欲しいと言われたのは初めてだった。

 報告が終わると、上司からはしばらくこの場所から離れるように言われた。

 当然だろう、言ってみれば向こうが仕掛けてきたと思っていいだろうから。

 真実は違うかもしれないが、可能性があるのが問題なのだ。

 同時に言われたのが、向こう三県の調査。山と会社について。

 まずは会社について調べないと。社長はそこに居るのかも知れないから。

「……『少し不思議』なのは山なのか、それとも本当は山の中の会社なのか。そして私に話しかける事も『少し不思議』ですね」

 少し不思議は少し不思議のままでいなければならない。

 その為に私たちは活動をしているのだ。

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