第13話 絶望



「わざと、悪魔を怒らせたのか?この俺を利用して。」


 少女姿のイズは激昂して九条院の傍まで詰めた。


「どういうことだ?」


 愚かな僕には状況が理解できていなかった。


「下山少佐。説明してあげますよ。」


 そう言うとそこから九条院の自分語りが再開した。


「私はこの戦争に勝ちたい。そのためにどれだけの犠牲を払ってきたか。」


「九条院の当主の座を得るため私は兄弟も従兄弟も親族のほとんどを斬り捨ててきた。それだけならまだよかった。」


「だが、そのあとだった。この国の首相と会った。そして気づいた。操り人形同然の国の代表。既得権益に甘んじる老人たちによる実質的な合議制による国の運営。私はそれを知った時絶望した。こいつらがいる限りこの国は良くならない。国の利益を考えない自己中心的な連中ではこの戦争に勝てない」


 そこで僕は話に割って入った。


「だから悪魔を呼んだのか? 無関係な市民も大勢死んでいるんだぞ? そんなこと言って正当化できるわけないだろ」


 彼は僕ににらまれると人差し指で眉毛をかきながら失笑した。


「確かに、これ程大規模に襲撃されるとは思ってもいなかった。だが、悪魔の親玉はこの通り、ひっとらえた。もう、何も心配いらない。」


 こいつはこの拘束している悪魔がボスだと思っているようだ。冗談じゃない。こいつは知らないんだ。そこにいる悪魔は単なる一兵卒で肩書きもない。天使アルケミアはイズを人間でいう一兵士だと言っていた。それだから単なる人間が召喚できていたのだ。


 実際にさっきここに向かうまでの間にイズは大した悪魔が襲来したわけではないと言っていた。もちろん悪魔である以上簡単には対抗できない。しかし、最新鋭の武器を用い、十数人がかりであれば決してかなわないわけではない。


「それで? そんな顔面蒼白にしてどうしたんだ?」


 九条院は全てを手に入れたといわんばかりの満面の笑みで僕を煽る。


 それに対抗するように一歩踏み出して真実を言ってやろうとした。その時イズが僕の裾を掴み、「ちょっと待て」と言った。


 それに呼応するように手元のイズを見たとき、九条院に拘束されていた悪魔の辺りに黒い雷撃が落ちた。


 拘束していた器具は跡形もなく黒焦げとなり、つかまっていた悪魔の前に血のように赤々しい目をした悪魔が立っていた。僕の後ろにしがみついでいたイズは膝から崩れ落ちた。


「ノックス様だ、、、、、、」


 それは赤黒い色の長髪をのばした青年の見た目をしていた。加えて礼服姿で黒いシャツを着て血のように真っ赤なネクタイをぶら下げた姿だった。


「ノックス? おいイズ、何なんだよあれは!? 悪魔なのか!?」


 僕の問いかけにイズは答えようとしない。どちらかと言えば答えたくないというわけではなく目の前の光景に驚いていたようだった。


「君達、オレの領域の小悪魔ちゃんを好き勝手してくれちゃって。どうなっても知らないからねぇ?」


 ノックスは拘束されていた悪魔を囲むようにいた九条院家の人間にニコニコとした笑顔を向けていた。


「おっと、ごめんねぇ。オレはノックス・ブルーブラッド・ナイトブレイズ。魔界の端っこにある地方貴族のナイトブレイズ家当主だ。」


僕にもイズの怯えっぷりが伝染したのか全身の震えが止まらなかった。


 そんな僕に気が付いたのかノックスは僕のほうを見てこういった。


「おやぁ? そこの君ちょっとオレにビビりすぎじゃなぁい? さっきも言ったけどオレは単なる辺境の貴族だからねぇ?」


 悪魔のくせしてひとの顔色を伺っているその姿は僕から見たら単なる人間にしか見えなかった。


「オレも面倒なんだよね? けど、オレも上の人達に言われちゃったからこの状況をどうにかしないといけないんだよねぇ」


 天使アルケミアが言っていた通りデーモンロードが徐々に人に対して圧力をかけてきたのだろう。


 九条院は状況を理解できていないようだった。当然だろう。さっきまで悪魔の親玉だと思ってとらえていたやつが突然目の前に現れた悪魔に泣いてひれ伏しているのだ。


 状況が把握できていないようで慌てふためく九条院だったが自分の周りにいた部下たちを押しのけて建物の中に入っていった。


 ノックスは焦ることなく一瞬で九条院の部下全員の体を剛腕と化した右腕を一周させるように両断した。ニコニコ笑顔でやってのけるところを見るにやはり単なる悪魔ではないのだろう。虫でも振り払う感覚なのだろう。


 ここに来てようやくイズが口を開いた。


「本来ファミリーネームを持つような高位の悪魔は人間界に顕現することができないんだ。ファミリーネームどころかミドルネームまで持つノックス様はどうやってここにきたんだ?」


 イズが疑問を口にしていると、僕らの頭上から一体の悪魔が「平民が軽々しくノックス様の名前を呼ぶな」と言いながらおりてきた。


 そいつはイズと同じ単なる悪魔であったがノックスからの任務で人間界にいるようだった。


「人間界に顕現できるのはおれらみたいな木っ端悪魔だけだ。それはそもそも人間界にいる人間が召喚できる悪魔には限界があるからだ。だが、人間界に召喚された悪魔であれば自分よりも高位の悪魔を召喚することができるんだよ。」


 ノックスの従者である悪魔はまるで自分のことを自慢するかのような饒舌ぶりだった。


 正直、大したからくりでもないのに今まで人間界に攻め込んでこなかったのは人間への温情というよりも長年続いた天使と悪魔の均衡をわざわざ壊す必要がなかったからなのだろう。


 そういった意味では九条院の蛮行は彼らにとってはとても良い口実だったのだろう。


「本来ならあの逃げた男を殺しに行かなくてはならないんだが、、、、、、」


 そこまで言うとノックスは九条院の逃げた方向を見ていたのにもかかわらず、もう一度僕のほうに目を向けた。


「君少しおかしいね? よくわからないけど普通じゃないよ?」


 どういうわけかノックスは僕に興味を示し、九条院を追いかけようとしなかった。迷惑極まりないことだと目をそらした。


 イズもそれについて少しおびえた様子で僕のことを見た。その瞬間だった。イズの僕を見る表情が突然として崩れた。


「お、お前さん、、、、、、」


 イズが僕の元から離れていった。いや違う。どうやら僕のほうが立ち崩れているようだった。


 僕はノックスのくりだした右腕に体の中心を貫かれてしまったようだ。


 一瞬の出来事であったため痛みを感じず、勢いのまま地べたに倒れるのだった。






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争いが戦争になるとき、それは英雄が生まれるとき。 あざみ みなり @minariazami308

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