第5話 九条院 修



 翌日、月に一度の定例会議があった。本来戦場に出るような兵隊はこの会議には出席しない。


 しかし、死地と化している戦場に日課の散歩感覚で戦闘に出ている僕は軍としても特別扱いするほかないようだ。おかげで貴族たちには凄く煙たがられている。


 会議の冒頭では先月の死者数が挙げられた。千五百人程が亡くなったようだ。


上層部では国内における人口減少による兵士の不足を問題視しているらしい。


戦争が長期間続いていることもあるがそれ以上に若い男がほとんど戦場に向かい死んでしまっているのだ。単純に結婚適齢期の男が貴族などの例外を除きほとんど街中にも軍隊の中にもいないのだ。もちろん貴族による一夫多妻制も認めるようになったが貴族自体が少ないためほとんど効果がなかったみたいだ。


この会議において、三十人程いる幹部のうち例外的にこの場にいる当然僕はもちろん末席中の末席だ。


通常通りの戦況報告が終わり解散の流れになって立ち上がるものもいた時、一人の男が手を挙げて立ち上がった。


 「皆さん、少しお時間よろしいでしょうか?」


 皆を制止したのは、例の男。九条院 修であった。


 プライドが高いエリート揃いの出席者達であるはずだが彼の発言で素直に再び席に戻った。彼よりも階級の高い大将や、元帥までもが無言で従った。


 「みなさんご存知だと思いますが、ようやく九条院家当主の座に就くことができました。これも皆様のおかげです。」


 そう言うと、何か困ることがあれば教えて下さいと続けた。


 皆を制止したのはそれだけのためだったらしい。


 九条院家の分家出身である彼が本家の当主に登り詰めたのだ。それはそれは血生臭い当主争いであったそうだ。この場にいる人間にも彼の政敵であったものも勿論いる。


「生意気なやつだ」と。僕の隣に座っていたお偉いさんは舌打ちをしていた。それも当然だ。九条院家が与える軍部ひいては政府への影響は小さくない。確かに、軍事資金のほとんどを彼の家に頼っているため仕方がないのかもしれない。


そして、彼は大将への昇進が決まったらしい。二十代で大将になるのは歴代最年少であるそうだ。


 九条院家当主の座はそれほど絶大なのだ。僕も彼にだけは目をつけられたくない。


 これで本当に会議も終わってさっさとこの場所から退散しようと席を立つと、「ちょっと君!!」と背後から呼び止められた。


 声の主は九条院だった。面倒だと思っていた矢先にこれだ。彼に対して何か失礼でもしてしまったのだろうか。


 「君は下山少佐ですよね? 前々から知ってはいたんだけどなかなか声をかける機会がなくてね」


 確かに、こいつは戦略部門で僕は現場の戦闘部門であるため顔を合わせるのはこの定例会議の場くらいしかない。しかし、それにしては嫌味ったらしい言いぶりだ。こいつが散々前線の中でも特別危険な死地へと僕を送っていたのは知っている。


 「はじめまして。下山少佐であります。単なる一兵卒である僕に何か用ですか?」


 日頃の恨みの分しっかり冷たい態度をしてやった。周囲にいた数人の幹部は僕が上官、それも九条院に向かって舐めた態度をとっていることにひいていたがそんなことはどうでもいい。


 それよりも今はどうしてこいつが僕に話しかけてきたかのほうが重要だ。昨日ちょうどイズとの会話に上がったばかりでこれだからである。


 「いや、少々君に聞きたいことがあってね。黒髪の背丈がこのぐらいの少女を知らないか?」


 彼は僕の腰のあたりで手を浮かせた。正直心当たりしかない。


 もしかして、もう既に出会っていることまでばれてしまっているのか? それとも偶然か? そんなことを頭の中で思考してた。


 しかし、どうやらそれは僕の杞憂でしかなかったらしい。困惑した顔で首をかしげると彼は「そうですか」と、だけ言い「それならどこにいったんだ?」と小さな声を漏らしていた。


 彼が僕にだけ尋ねてきた理由。それが何であったのかは寮に帰ってからイズに直接聞くしかない。


 だが、彼が僕にイズのことを聞いてきたことで一つ分かったことがあった。それは昨日のファミレスでイズの言っていたことが事実であるということだ。正直、今さっきまで彼女の話していることを百パーセント信じ切ることはできないでいた。




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