第38話 そのまじない、主張控えめにつき危険


その男は衝動に任せてガラス細工の美しいゴブレットを床に叩きつけた。男がそこそこ気に入ってはいたそれは見るも無惨なガラスの残骸と成り果てる。それでも男は苛立ちを抑えきれない。あと少しで忌まわしき蛮族を滅ぼせたと言うのに。


犬の様に吠えるしか脳がない癖に竜殺しの異名を賜るなど許せるわけがない。賊をまとめるものが実直だったために搾り取るのは容易であったがこれを機に滅ぼす算段をつけたのに。


男はそこまで思考を巡らせるとワナワナと震えた。竜殺しの異名はさっさとスカーレット辺境伯家に譲るべきだと言うのに。邪魔な族長が死んだ好奇に体制を変えて仕舞えば無くなると思ったのに。まさか横槍が入るとは。


竜を殺せるだけの魔獣のような一族。この輝きしスカーレット伯爵領に相応しい訳がない。


…まあ、忌まわしきウォード族長が死んでから青髪の一族は発言権を失った。私が推薦した無能の働きにより山岳地帯の印象操作も捗った。ただ金を喰うだけの土地だと。あとはあの王子を唆し、竜に王子が殺されてしまえば上手くいく。おや、案外悪くは無いではないか。


男はそこまで考えると先程までの不機嫌を感じさせない程にニタリと嗤った。




「なあ、よかったらだが魔法有りの手合わせを願えないだろうか」

朝の自主練の時にベンが提案して来た。疑問に思ったのでそのまま聞いてみる。

「急にどうしたんだ?騎士って魔法は必須科目じゃないだろ?」私がそう聞くとベンが少し遠慮がちに答える。


「そうなんだが、僕の故郷は魔力の入り乱れる土地だから感覚を忘れないで起きたいんだ。魔物との実戦になってしまえばどの道必要になるし」


ベンの答えを聞くとアイザックが納得したように付け足した。

「ああ、ベンの故郷って魔法暴発危険域だったよな」


「そうだったんだ。魔法訓練場なら私の申請ですぐに借りられる。よかったら早速行こうか」


そこから学園の事務課に行き申請を出しすぐに許可が降りた。その日の自主練は私の出した初級魔法を盾で防ぐ練習になった。


「ベン、耳に魔法をかけていない?」

ベンの動きを観察していると、魔法の発動前にベンの左耳辺りから微かに魔法の気配がした。気になったので聞いてみる。


「僕の一族の風習なんだよ。1人で家の外に出る事が許される7歳になった時、山に攫われないように願をかけて左耳の裏に彫ってもらうんだ」


「い、痛そう。でも凄いな、魔法の発動をちゃんと掴んでる」


「当時は強い大人になる為に必要な事だと必死になって耐えたんだ。僕の時はちょうど父上が強い魔物を狩った後だったからその魔石を砕いた染料で彫ってもらえた特別製だよ。」


「見せてもらえる?」


「恥ずかしいし、あまり見せる物ではないが少しなら」


「えっいいの?」


承諾されると思っていなかったので驚く。ベンは左耳にかかっている髪を軽く退かすと私たちに耳の裏を見せてくれた。伝統模様にカモフラージュされた美しい魔法陣が髪の下から現れる。

ぽそりとベンが呟く。


「…2人はこれを野蛮とは言わないんだな」


「相手の環境を知りもしないで文化を語り合うのは違うだろ。リズリー領でも伝統なのか便利なのかの理由で伝書鳩の代わりに鷹便を使ってるし。痛い物を強制する文化は扱いが複雑だろうけどベンを見ている限りこれはベンを大切に思って彫られたやつだ」


「ありがとう」


「それにしても綺麗な魔法陣だな。それに王国に古くから伝わる安全祈願の模様に組み込まれている。なかなかこの技術を再現するのは難しいぞ。とっても綺麗だ。」


そう言ってベンの魔法陣をまじまじと見るが何故か細かい所まではわからなかった。不思議に思って手を添えさらに顔を近づけるとベンは身じろぎした。


「さすがにそろそろ恥ずかしい。やめてくれ」


「あっ、ごめん」

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