第31話 この信念、遵守むずかしすぎにつき危険


僕が癒術を教わるようになって1年、図書館に通うようになってから1年経った。今年からルイーズ様は魔法科学専門校に通うのだろう。僕を救ってくれたあの土魔法は見事だった。


僕の学ぶべきことはほとんど終わり、今年から王子直轄領を任される事になる。直轄領は母親の派閥の領の一部から選ばれるから簡単な領地を任せられることはないだろう。


時間を見つけて図書館に通う事はすっかりと日常になった。もちろん、サルタ殿と本の意見交換をする事も増えた。


そうして着実に日々を過ごしている時の事だった。リズリー家の噂が出回りはじめたのは。反対にルイーズ様が学校で活躍する噂は聞こえて来ない。ジャックも何も聞かされておらず調べてもはぐらかされてしまうと言っていた。


「最近、顔色が良くありませんね。何かありましたか?」

ついにはサルタ殿にも気づかれてしまった。


「心配をかけて済まない。どうしても気になってしまう事があって…」


僕がそう言うとサルタ殿は少し考えた後に言った。

「よろしければ、私の執務室で話しませんか?紅茶でも飲みながら」


後ろに控える護衛から咎めるような気配を感じたが僕は敢えてそれを無視した。今日、父上が付けてくれた護衛はリズリー派だった筈だ。問題は起こらないだろう。それにサルタ殿は安直な裏切りはしないだろうとも何故だか思った。


「ありがとう。ぜひ頼むよ」


ーーー


「では不作法を失礼して。」


2人分の紅茶を淹れるとサルタ殿はそう言って先に紅茶をのんだ。あっさりと気遣われたそれを見て僕も紅茶を口にする。


「気遣いありがとう。」


「いえ、これくらい当然の事です。それで殿下を悩ませている事なのですが、やはり直轄領の話ですよね?スカル派の保有する土地の中で常に赤字になってしまうウォード山岳地区ですとライアン殿下の予算を圧迫するだろう事だと愚考いたしました。」


話を聞きながらヒヤリとする。危ない、せっかく出来た味方になりそうな人を逃すところだった。サルタ殿はリズリー家にライバル意識を持っていた筈だ。リズリー公爵家の深淵の令嬢に色ボケているところなんて見せてしまったら冷たい目で見られてしまうに決まっている。


「あ、ああ、そうなんだよ。かと言って防衛費を削減してしまうと住民の安全面に問題が出る。どうにかならないものかと頭を捻っていた。」僕が苦し紛れにそう言うとサルタ殿は目を輝かせた。


「やはりそうなのですね!いやはや感服いたしました。どうウォード地区の押し付けを回避するかでなく押し付けられた後どうするかお考えとは!」

それでこそ上に立つ者の器です、なんて事を言いながらサルタ殿は勝手に話を進めていく。


ウォード地区は魔の三峰山脈スカル領側の中腹にある台地のような場所にある。辺りは魔の山脈らしく雪で覆われる日が多く、魔力が安定しない為、魔法暴発危険域に指定されている。


魔法暴発危険域はその名の通り、土地に流れている魔力が多いなど何らかの理由で安定せず、人が魔法を使おうとすると失敗してしまったり、何もしなくても時折魔法が発生してしまう厄介な区域だ。それでもウォード地区が守られているのは強い魔物から取れる素材の為であり、その為のギルド支部があるからである。


「実は元々その土地に住む人々には土地に合わせて体得する魔法があるそうなのです。なんでも雪山や高濃度魔力の中でもお互いの声を届け合う事が出来たり、魔力の流れが音で分かるそうで。これもウォード男爵が殉職し、現地の孤児が増えた事によりわかった事ですが。」


「サルタ殿はウォード地区の事も文献以上に分かるのか?」


「そうですね、教会や孤児院のある場所ならある程度の情報を得る事が出来ます」


「貴重な情報、助かった。」


「いえ、そう言えばウォード男爵のご子息が騎士訓練校へ入られるそうですよ。もし直轄領が決まってしまうのなら話をしてみるのは如何でしょう?」


「そうする。」


去り際ついきいてしまった事の返答にやっぱり申し訳なくなる。

「騎士訓練校と言えばリズリー家の子息の噂があったが、次女と噂だった子が実は子息だったと言う噂についてどう思う?同じく性別を偽っていた身としては気になってしまって…」


「やはり、ライアン殿下はお優しいのですね。リズリー家に関しては心配する必要は無いかと思います。絶対、本人が望んでやった愉快犯に決まっていますので。あの一族はどうにも自由奔放過ぎる。何故我らの教えを我らより先に出来るのか理解できない。」


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