第25話 この恋文、森の深淵を覗くようで危険


2回目の講義の時間、借りた本を返す。

リズリー公爵家前当主夫人は相変わらず読めない穏やかな表情をしている。


「読ませてもらった。夫人、聞きたいことがあるのだが構わないだろうか?」


「どうぞ」


書物と、書物に挟まっていたモノを読みぐちゃぐちゃになった思考のまま夫人に疑問をぶつける。


「この書物は本当にリズリー家について書かれたものか?初代当主の名前が違うようだが。」


静かに礼の形をとる夫人を見つめる。

夫人は静かに答える。


「書物とは全て読み手の解釈によって物語りが進むものです。沢山の人の手を経た物は尚更。」


夫人の答えを聞きぞっとする僕は間違いでは無いのだろう。夫人は僕に背負う物の重さが分かるかどうか試したのだ。活字で刷られた王宮の書物、何度も保存の結界が張り直された手書きの書物、たとえ表紙が同じでもつまりそう言う事だろう。


「それでは夫人は何故、……何故あの子に初代と同じ名を付けたのですか!?」


訊かねばならない。しかし夫人は少し困った様に視線を彷徨かせた。


「なぜ、でしょうね。あの子の瞳を見た時にそうせねばならないと思ったのです。お恥ずかしながらわたくしにも此れはよくわかっておりません。」


「もう一つ。夫人は私に何を望んでいる?」


「そちらはもう成されましたわ。只、知っておいていただきたいのです。さあ、治癒魔法の訓練をはじめましょうか。」



治癒魔法での解毒の仕方は毒を知る事、人体の構造、ポーションとの反応を学ぶことから始まった。


僕の場合は魔力量が少し足りない為、ポーションを飲んだ後に回復魔法による炎症部位の回復補助と言った形で解毒をする方法が良いらしい。毒の周りに結界を張った後に毒本体を破壊するのは魔力量と繊細さどちらも必要になると言う。


講義の終わりに次は実践をするので毒見役を呼ぶように言われる。そしてその日の予定は終了だ。


夫人が帰っても尚ずっと疑問が渦巻く。運命と言っても良いような出来すぎた話、そして、少し話しただけでしか無い彼女に感じた違和感。


「ジャック、お前の家はリズリー家と関わって長いのだろう?」


ハンカチを渡した時から縁が続いている補佐官に聞く。バトラー商会と言えばリズリー研究所のスクロールを昔から取り扱っていると聞く。そして、リズリー家から降妻した事もあり紫の祝福を受ける事も多いと。


「おや、そこまで辿り着いたのですか。金の髪の方はそこまで考えないと思っていたのですが。」

そう言うと僕の補佐官ジャック・バトラーはしれっと視線を窓の外へ逸らした。


「もしかしたら僕が知りたいだけなのかもしれない。でも紫混じりのジャックも知っておいて欲しいと思っているのでは無いか?茶色の髪と目と言えばこの土地の者だろう?」


それに対してジャックは笑みを浮かべたまま何も答えなかった。


この国の歴史は知っている、しかしこの国が始まる前の歴史は文章1文のみで表されたものしか知らない。それ以前に何の因果があるか分からないのだ。


でも僕とルイーズ様の出会いも幼い頃の、鮮烈な一目惚れのようなものだ。

ただあの瞳に、自分の思いをぶつけなければいけないような気がしただけだ。今でも心の拠り所で、噂が聞こえるたび心は勝手に騒つくが。


蓋をして冷静に忘れてしまえれば良い。僕はあの子から力を借りたいだけなんだ。

首から下げた巾着を服の上からそっと触る。そうすれば複雑な気持ちの中に少し余裕が生まれる、ただそれだけのことに全霊を尽くすのは間違っているのかも知れない。

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