応急処置をするために(3)





 ロルフの手紙を使い魔の狼が咥え此処、地の国リリィに来た時、メラニーは仕事のやらかしでクビになっていた。クビと言っても、「君、今日から来なくて良いよ」という意味のクビではなく、物理的に首を跳ね飛ばされ、胴体とおさらばしている方だ。


 

 だが、そんなの関係ないとでも言うかのように、ロルフの使い魔は舌をへっへっと出しながら、涎でしわくちゃになった手紙を此方に差し向ける。何の曇りもない金色の瞳が、メラニーを襲った。


 

「あー……、俺の言葉って、通じる?」

「わふ!」

「おお、飼い主に似ず賢いな!じゃあ、俺の身体を持って来てくれないか?バラバラに捨てられてな」

「わふ!」

「なんて賢いわんちゃんだ!」



 

 俺に両手があれば、その固い毛皮をもみくちゃに撫で回してやったのに!と思いながら、メラニーは頭を揺らし、期待を胸に狼の帰りを待った。ロルフの使い魔は口に腕や脚など、匂いを頼りにメラニーの切り刻まれたパーツを持って来た。


 

 最後の胴体半分をずるずると持って来た時、メラニーは「もう充分だ!本当にありがとな!」と言い放ち、己の意識を集中し、自己再生を行う。胴体から順番に、バラバラになっていた身体は、みるみる内に接着していった。メラニーはまるで球体関節人形を動かすように、身体の節々を確認する。


 

「んあ゙?…なんか違うのが混じったな」


 

 己の胸を両手で鷲掴む。本来ならばありえない2つの膨らみが存在していた。少し考えたメラニーだったが、まあ良いか、下はあるし。と己の脳内で自己完結し、大きく背伸びした。


 

「ああ、悪ぃな、わんこ。で?結局、何の手紙だったんだ?」


 

 そう言いながら、涎でべちょべちょになった手紙を開封する。うん、見事に字が滲んでるな。と メラニーはにっこり笑った。だが、身体を回収してくれたロルフの使い魔に恥をかかせないよう、なんとか解読しようとする。


 

「……あー、さっぱり分かんねぇ。……分かんねぇな!あ、嘘嘘!!うん…ブルウェラって文字は……辛うじて分かるな!姉貴のとこに行けってことか?」


 

 使い魔の狼の顔色を伺いながら、メラニーは必死に解読した。血と脂、悪魔の焼け焦げた臭いで鼻がもげそうな死体の山の上で、胡座をかきながら考える。

 そう、此処は地の国リリィの処刑場。メラニーは王の逆鱗に触れ、先程、処刑されたばかりだった。そして今しがた復活した。


 

 メラニーは首をゴキゴキと左右に鳴らしながら、身体があるって素晴らしい!と的外れなことを考える。そして、持っていた手紙をビリビリに破いた。


 手紙が解読出来なくても何とかなるだろう、俺には今、自由に動かせる脚があるのだから!とメラニーはギザ歯が見える程大きく口を開けながら笑う。完全にハイになっていた。

 鼻歌を口ずさみながら、ロルフの使い魔に帰還を命じる。そして死体の山から剥ぎ取った、ボロボロの布切れのようなコートを羽織る。


 

「とりあえず行くか」


 

 目指すは水の国 ニンフィア、の海域付近の浜辺。何処かで叫んだら、ブルウェラも海上に浮かんでくるだろうと、安直な考えのもと歩き始めた。


 

 因みに手紙の内容は【父上が行方不明になった。至急、母国に戻るべし。ギャビン、ブルウェラにも必ず来るよう伝えている。だからお前も必ず来い、仕事が忙しくても来い。何がなんでも来い】という内容だったが、メラニーが知る由もなかった。


 

 

ーーー



 

「姉貴いいいいいいぃぃぃぃ!!」


 

 

 水の国 ニンフィアから離れた小さな漁村。メラニーは浜辺で戯れていた海鳥が羽ばたく程、大きな叫び声をあげていた。背後から無邪気な子どもたちが「あのおじちゃん、何してるのー?」という無邪気な声も、その母親らしき女が「見ちゃいけません!」と静かに怒鳴る声も聞こえた。しかし、メラニーは気にせず叫び続ける。



 

「姉貴いいいいいいいぃぃぃぃ!!ああああねえええええきいいぃっ!ゴホッ!ガホッ!」


 

 

 叫び続けてから早3時間、喉は限界を迎えつつあった。そして等々、疲れ果てたメラニーは砂浜で大の字に寝転び「あ゙あ゙、づがれ゙だ」と、死にかけの蝉のような声で呟いた。太陽が煌めき、蒸し焼けるような熱気がメラニーを襲う。なんで俺、こんなことしてるんだっけ?と自問自答しながらも、ブルウェラが海上に浮かぶことを信じて待つ。


 

 その間、漁村の村人たちは海に向かって叫ぶ、コートしか着ていない裸の不審者を、ヤシの木の影に隠れながら監視していた。しかし、叫んだと思えば、今度は大の字で寝てしまう始末。特に女子どもへ危害を加えていないし、ただ叫んでいるだけだから、無闇に捕える訳にもいかない。

 村人たちは、あの不審者をどうすれば良いか分からず、途方に暮れていた。



 

 すると、海から轟が聞こえた。まるで、海が割れるかのような轟音が、漁村全体を覆う。村人たちは祟りだ、呪いだと叫び慄き、不審者のことなど忘れて一目散に浜辺から逃げた。



 

 一方、メラニーは「や゙っ゙どぎだ」と相も変わらず掠れた声で呟いた。海からは、まるで小さな島が浮上したかのように、巨大な何かが姿を現す。


 

 それは、手だった。ただの手ではない。鯨の子どもを一握り出来そうな程、大きな手。海上に浮かび上がって来たそれは、波を引き連れながらメラニーに接近して来た。


 

 そしえ、大きな波が襲った。メラニーは体質上、塩水が天敵のため何とか逃げたかったが、疲れ果てた身体は言うことを聞かなかった。しゅわしゅわと音を立てながら、身体が少し縮んだ。

 ゆっくりと身体を起こし、メラニーは胡座をかきながら、目の前にある大きな人差し指を見た。人差し指の爪の上には、サファイアのように美しいウミウシが、ちょこんと座っていた。


 

「こんにちは!本日はお日柄も良く絶好の海水浴日和でありますね!あ、失礼致しました!わたくしはブルウェラ様の翻訳ウミウシ、サフィーと申します!以後お見知り置きを!ところでこの浜辺に三男のメラニー様がいると聞いたのですが、何かご存知ではありませんか?」

「な゙が」

「え!?このお方が三男のメラニー様なのですか!?ですが乳房がついてますよ!?あ、そういう種族なのですか?それは大変失礼致しました!わたくし深海から出たことがなく、人魚や魚人以外の種族を余り知らないものでして!お詫びにこの海藻を捧げます!ささっ!どうぞどうぞ!」

「うる゙ざ」


 

 なんだこの図体が小さい割に五月蝿い生き物は、とメラニーはサフィーの軟体を突く。サフィーはくすぐったいのか、触覚をぴくぴく動かし身を震わした。



 可愛いな、メラニーの第一印象は逆転した。


 

「あ、あの!ブルウェラ様が、何故、此処に来たのかと尋ねておられます!メラニー様もジャーマンアイリスに帰還するのではないか、と!」

「…………ゔん、そゔ」


 

 あの手紙は、ジャーマンアイリスに来いって手紙だったのかと、ようやく理解したメラニーは、とりあえずサフィーに話を合わせる。



「もしや!ブルウェラ様の身を案じて来てくださったのですか?何とお優しい!!ですが、ブルウェラ様ではなく、代理として、わたくしがジャーマンアイリスへ赴く予定なのです!」

「……どゔや゙っ゙で?」

「それは勿論!泳いで……」


 

 そう呟いた後、ソフィーは黙ってしまう。気付いてしまったのだ。ジャーマンアイリスは内陸国、海で泳いで行ける場所ではない。そもそも、その小さな身体をピロピロさせ泳いで行くとしたら、何十年掛かるだろうと、メラニーは意地の悪い笑みを浮かべる。

 そして、波とともに来たイソギンチャクを口元に寄せ、それを片手で潰し海水を吐き出させる。喉がじゅわじゅわと音を鳴らし溶けていることなど気にせず、サフィーに話しかける。


 

「連れてってやろーか?」

「!よ、よろしいのですか!?…なんと、なんとお優しい!!」

「その代わり……」

「では、早速行きましょう!求愛恩祭の前にシグマ様を見つけなければ!!」


 

 その代わりに何故このウミウシが、誰にも理解できなかったブルウェラの言語を翻訳出来るのかを聞き出そうと考えていたメラニーだったが、まあ、後で言えば良いかと思い、サフィーの身体を持ち上げる。


 

「あ、申し訳ございませんが、わたくし海水の中でなければ息絶えてしまうため、出来たら何らかの箱に海水を入れて運んで頂きたいのですが」



 前途多難、その4文字が頭を浮かんだが、メラニーはお得意の作り笑いで誤魔化す。


 

 1人と1匹の旅は、こうして始まった。

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