第2話 その職業って読み専ってことですか?

「すまなかったね。思った以上に座標がずれていたようだ。本来ならこの小屋の真正面に転移するはずだったんだけどね」


 そういいながらこちらに話しかけてくる真っ白な服を着た彼は観測者と名乗った。


「まずはそちらにどうぞ」


 言われて彼の右手方向を見るとそこにテーブルと椅子が4脚

 彼が一つ椅子を引いてくれた、よくわからないまま椅子に腰掛けると、彼は向かい側の椅子に腰掛けた。

 トイプーをそっと抱いて膝の上に座らせるとお利口に座ってトイプーも彼の方を見る。

 そして、彼は長い長い話を始めた。


 観測者である彼は文字通り見ることしかできない者だというが、いろいろなことが見えてしまうので、便利なお使いを頼まれやすいのだと(誰に?)。


 彼が言うことによると、彼のいる世界で召喚魔法が使われたらしい。

 その魔法がかかった先にいたのが私とわんこ。


 召喚魔法は次元の壁を薄くして、近くにいるものを吸い込む魔法のようだが、吸い込まれたものはこの世界の異物となるため、2~3年程度で元の世界に吐き出されてしまう。

 その際にできるだけほかの世界に影響を与えないためか、全く同じ時空間に吐き出されるのだという。


「厳密に言うと君たちの世界の時間で0.001秒ぐらいの間、君たちは消えていることになる。ただ、その程度の時間であれば世界への影響は無視できるレベルになるはずだ」


 それ、瞬きしてたら一瞬見えなくなったと同じレベルだよね。

 消えたなんて思われないはず。


「ただし、こちらの世界のものを身につけていると、そのものが君たちの世界に影響を与えてしまうかもしれないので、戻るときには君たちは今の服装でいてもらうほうがありがたい。もしも何かを持ち込んでしまっても、それらは君たちの世界にとっての異物になるのでまた2~3年後にこちらの世界に吐き出されてくると思うよ」


 つまり、わざわざ帰る前に服を着替えないといけないわけか。

 異世界の物を記念に持ち帰るのもなしだと。


「帰れるのはいいですけど、今すぐ帰れないんですか?それにその帰れるときってどうやればわかるんですか?2年後の今日と決まっているわけでもないんですよね?」


 そう尋ねると、彼は服の内ポケットのようなところに手を入れてなにやらごそごそし始めた。


「今すぐ送り返すには召喚者も僕も力が足りなくてね。世界に君たちを追い出してもらって、そのときに元の世界に戻るように誘導することはできるんだけど、何もなしに送るのは難しいんだ」


 そして、何かを探し当てたようでゆっくり手を引き抜くと、そこには白っぽい結晶のようなものがあった。大きさはビー玉ぐらい?ピンポン球よりは小さいけど、宝石にしては大きい。


「これは空っぽの魔石。魔素が入ると青色に変化する。

 君たちがこれから行く世界には魔素があふれていてね。

 君たちの世界のファンタジー小説にあるような剣と魔法の世界なんだけど、今は君たちの体に魔素がまったく入っていないから、君たちはまるでブラックホールみたいにこの世界の魔素を吸収しているんだ。

 世界は常に異物を警戒しているけど、異物を探知しようとする魔そのものが君たちに吸収されて戻ってこないので探知すらできないぐらい。

 ただ、君たちの体がこの世界の魔素を吸収しきってもう魔素が入りきらなくなると、探知の魔法も効くようになるし、この世界が君たちが異物であることに気づいて強制的な排除が始まる。

 だから、この石を常に身につけておいて。この石が青くなり始めたら、君たちの体が魔素の吸収をしきれないぐらい魔素で満たされて、吸収が終わって、世界に探知される存在になった印。

 石が青くなってから数日のうちに君たちはこの世界から異物として追い出されるはずだ」


 えっと、ちょっと待って。

 剣と魔法の世界?

 そんな世界で私2~3年生きるの?

 剣とか無理だよね。

 魔法も・・・

 ちょっと待てよ。

 魔素が入っていない?

 魔法で探索できない?

 吸い込むって言った?

 吸い込んだ魔素って利用できるの?

 他の人からの魔法が効かないって、どういうこと?


「この世界には魔法があるけど、私たちには魔法は効かなくて、えっと、その、無効になるということですか?」


 魔法かけられても、その魔法の素を吸い込んでしまうから無効になるってことは、探索魔法だけじゃないよね。それって他のあらゆる魔法が効かないのでは?


「概ねその認識で間違いないよ。よくあるファイアーボールみたいな魔法を君たちに投げつけても、君たちに届く前に魔法は消えてしまう。魔法を実体化させているのは、空気のようにこの世界に満ちた魔素だから。酸素のないところで火が燃えないように、君たちのそばにくると魔法はすべて消滅してしまう」


 酸素がないと燃えない?

 確かに他人の魔法は効かないのかもしれないけど、吸い込んだ魔素はどうなってるんだ?

 私は魔法は使えない?使える?どっち?


「それって私たちも魔法は使えないってことですか?」


「それだとこの世界では不便すぎるのでね。そこで使うのがこれだよ」


 今度は椅子の背もたれの方をごそごそしはじめた。よくよく見ると椅子の背もたれにいつのまにか荷物入れのようなものがくくりつけてある。

 ごそごそと袋をあさっていた彼はそこから一組の腕輪と首輪のようなものを出してきた。


「この腕輪とリングは君たちの吸収の影響を受けない一種の神器だよ。もちろん、こんなものが世の中にごろごろしているわけじゃなくて、僕をここに寄越した人たちが用意したものだけどね」



 話を聞いてみると、この世界は人や獣が魔に犯されて変質してしまうぐらい魔素が濃くなってしまっているらしい。この世界の魔素を少しでも薄めるために定期的に魔素のない、つまり魔法を持たない世界から召喚により異物を取り込んでいる。

 できるだけ生物ではないものを引き込みたいようなのだが、どうしても召喚魔法をつかうと人や動物などがターゲットになりやすいという。

 過去にもこの世界に召喚された人がいて、最初はまったく魔法が使えず、治癒魔法さえも効かずにあっという間に亡くなってしまい、遺体だけ(といっても2年もたつので骨だけ)が元の世界にもどることもあったらしい。

 密室のアパートに白骨死体。部屋主は行方不明という事件扱いされたこともあったとか。


「この世界の都合で呼ばれた人がこの地で悲惨な死を遂げた上に、戻った世界で殺人被害者になってしまうというのはよろしくない、どころか、本人行方不明で死体遺棄で殺人容疑者みたいになったこともあったよ。それはあんまりだということで、君たちの世界にも相当な介入があったと聞いている。実際にはどれほどのことが起こったのか僕にもわからないけどね。

 ただ、その悲劇のあとで、やはりこの世界に来たときに魔法が使えないのは不都合が大きすぎるということで、用意されたのがこのアイテム。このアイテムを使えば、君たちがその身に受けたいと思う魔法は受けることができるし、君たちも魔法を使うことができるようになる」


「私も魔法を使えるようになるんですか?」


 そう言いながら手渡された腕輪をつけた。


「こちらの世界にいる間限定で君も、君もね」


 そう言って彼は私とトイプーちゃんの方を見た。

 わんこも魔法使えるようになるんだ・・・・魔法の意味わかるのかな?とおもったけど、トイプーちゃんは尻尾をぶんぶん振ってる。

 あ、これ意味わかってるわ。やる気だ、このわんこ。


 この世界で2年生き抜けば元の世界に帰れる保証がある。

 特に何をするわけでもなく、この世界にいて、2年間魔素を吸い続ければいい。

 求められたことはそれだけ。

 魔王を倒せと言われるわけでもなく、聖女になれと言われるわけでもなく、ただ、2年生き抜けばいい。


 魔法の力は与えてもらえるみたいだけど、それがあればそれなりに生きられそうな話のようだけど、そもそもこの世界はどんな世界なんだろう。この世界で知識や技を身につけたら、帰ったときに就職に役に立ったりするのかな?


 そんなことを思わず考えてしまった。でも、その前にこの世界で生活するときにお金とかあるの?

 物々交換でわらしべ長者みたいなことするわけじゃないよね・・・


「さて、まずは君たちのいく世界の常識を知ってもらいたい。なので、僕から知識を与えるけど、多分あまりにも大量の情報を処理するから横になって寝ておいた方がいいと思うんだよね」


 そう言って彼が右手を振ると、私たちの背後にトスンという音がした。

 振り向くとそこにはベッドが二つ。


「まずは少しお休み」


 そう言って左手を動かした彼を見たあとから記憶が途切れている。

 そして私は長い夢を見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る