第5話
冷たい雨が降りしきる土曜の夕方、いつものように彼は外を眺めながら好きな歌を唄う。
学校は休みで運動部の子達も昼過ぎに帰ってしまう為暇なのだ。それでもいつものように現れては誰かを待っていると、教室の戸が開いた。
「うぅーす、成仏したか〜?」
「出来たら苦労しませんよ」
入ってきたのは、保険を担当している松本だった。
彼女はよくサボるために此処へ煙草を吸いに来る。何度か来るようになって次第に仲も良くなっていった。
「煙草の危険性を教えるのにアンタが吸ってたら意味ないだろ」
「身をもって教えてるんだよ」
降りしきる雨が窓ガラスを叩いて教室中に煙草の香りが充満する。
「そういえば、この前うちの生徒で、妙なこと言ってる奴がいたな」
「どんな事ですか?」
松本は二本目に火をつけながらこんな話を聞かせてくれた。
女子生徒が一人通学路を歩いていると、白髪糸目のスーツを着た男に声をかけられたそうだ。
関西弁でいかにも胡散臭い奴が名刺を渡してきたという。
『百目 《ももめ》あおし 占い師』
「お嬢さん、最近怖い目に遭ったんとちゃいますか?」
「えっ?」
百目は手を近付けて首を縦に振って頷いている。しばらくしてから辞めて話を続けた。
「お守り拾ったんやな。でもそのお守りの所為でおっかない奥さんに絡まれてしもうた」
「けれど、心優しいお兄さんに助けてもらったんやな。高橋ちゃん」
「なっ!なんなんですか!貴方!」
「占い師て書いてありますやろ?」
高橋は例の事を家族や友人,彼氏にも話した事が無いのに百目はズバリ言い当てた。
恐ろしくなり高橋は入って帰ったという。後日、不審者情報として教室達に知らされたとらしい。
被害に遭ったのは高橋だけではなく、2.5組の彼に関わった人物が次々に遭遇している。
教師達が目撃情報周辺を巡回したようだが、それらしい人物は見当たらなかったという。
「お前ならどう見る?」
彼はしばらく考えた後松本に一つ提案をする。
「この紙を持って一人で歩いてみてください。きっと接触してくるはずですよ」
彼が手渡したのは、人型の様な紙人形だった。
よく陰陽師の映画や漫画に登場する形代という物だろう。
「これで本当に釣れるのか?」
「先生は僕との時間が多いですから大丈夫だと思いますよ」
言われた通り松本は形代を受け取って教室を後にする。
目撃情報があった周辺を傘をさして歩いていると、急な突風によって傘が折れてしまった。
「お姉さん、ここに避難しませんか?」
シャッターの閉まった店の軒下で白髪糸目にスーツで口元にホクロがある男が手を振っている。百目だった
「今の季節に風邪を拗らせてまうと厄介ですよ」
「そうさせてもらおう」
松本は駆け足で軒下に避難する。
一瞬ではあったが、服と髪が濡れてしまった。拭こうにもハンカチを持ってくるのを忘れて困っていると、百目の方からハンカチを渡してきた。
「もし良かったら使うてください」
「悪いね」
松本はハンカチを受け取って髪と服を拭う。一通り拭き終わったあと洗濯して返すからという事で連絡先を聞く。すると例の名刺を渡されて占いの流れになっていった。
「占い師でも天気までは占えなかったのか?」
「あちゃー、これは痛い所を付かれてしまいましたわ!でも言い訳をするなら、天気は占うんとちゃくて予測するものですけどね」
「違うのか?」
「全然違いますよ、科学とオカルトの違いみたいなもんですけど」
「そうなのか」
「あ!信じてないんでしょ?試しに占って差し上げましょか」
百目は手をかざして占う素振りを見せるが、一向に喋らない。先程までお喋りだった彼が黙り込んで手を下ろす。
「なんや、お兄さんからの招待状やったんかいな」
「ちょっと面貸してくれるかな?優男」
百目は了承して着いて行こうとした瞬間、松本が持っていた形代が光だして気が付けば例の教室は飛ばされていた。
「ようこそ、百目あおし改め百々目鬼さん」
「なんやこないにおっかないお兄さんが居ったとはな」
「俺の縄張りでこすい商売してるようだな?」
「ほんま商売上がったりですわ、解決料としてふんだくろうにも無料でやっちゃうおバカさんが居てはりますからな」
怪異絡みで困っている者を探して解決料として多額な金銭を要求してロクな解決をしないままトンズラする詐欺師が居る事は以前から聞きを読んでいた。
百目は手袋を外して袖をまくると無数の目が現れた。
「·····お兄さん、相当強いでしょ?ボクの目を持ってしても全然視えへん」
彼は意図的に視えないように霊力を増大させて隠している。
離れた場所からここまで瞬間移動させる事も出来る時点でかなりの実力者だという事が伺える。
「このまま祓ってもいいんだぞ?」
「果たしてそう上手くいくかな?」
両者睨み合い暫しの静寂が訪れた。緊張が走る中先に動いたのは百目の方だ。
「アカン、ボクの負けや」
百目は両手を上げて降参の意を表す。
「ボク戦闘向きじゃ無いんよ、こんな強いお兄さんと殺りあったら確実にお陀仏ですわ」
「懸命な判断だな」
膠着状態が解かれて場の空気が穏やかになる。一般人の松本が居る前で戦ってしまえば彼自身守れるかどうか分からなかった。この百々目鬼一見弱そうに見えるが、それなりに隠し球を持っていると直感的に理解る。
「お兄さん強いな〜、名前なんて言うん?」
「2.5組の幽霊」
「長!覚えられへんわ!…せや!ニコちゃんなんてどうや?可愛らしいやろ」
「良いなニコ」
「良くねぇよ!」
百目と松本が口揃えて彼の新しい名前『ニコ』に賛同する。2.5組だからニコという安直さがあるが名前が無いよりかわ良いということで半強制的に決まってしまった。
「2.5組の幽霊ニコなんて恥ずかしくて呼べねぇよ」
「ええやん!ニコちゃん」
「コイツやはり祓っておくべきか?」
「ひぃぃおっかないおっかない!また会おうなニコちゃん♡」
こうして胡散臭い見た目の百々目鬼こと百目あおしと新たな名前『ニコ』を得たのであった。
おまけ
百目が通学路でいいカモが居ないか探していると、一人の少年に出会う。
「お前
「そういう君は、祓い屋みたいやね」
晃弘と百目が鉢合わせてしまった。百目がこの付近で詐欺まがいな行いをしているのは知っているため、晃弘は例の如く祓いに来たのだろう。
「そんないきなり襲わんでもええやん!」
「問答無用、臨!兵!闘!者!皆!陣!烈!在!前!破ァ!」
百目に目掛けて清めの一波を放つ。しかし百目にはそこまでダメージを与える事が出来なかった。
「どうしてくれるんや、このコートお気に入りやったのに」
羽織っていたコートには術避けが縫い付けられていた様だが、晃弘の力で大きくコートに穴が空いてしまう。
「小癪な真似を、これならどうだ!『大天狗』!」
形代を取り出し名前を呼ぶと、刀を持った体調3mはある大きな天狗が現れた。鳳凰院家が代々従わせてきた強力な式神の一角で上手く手懐けているようだ。晃弘の指示で刀を振り下ろす大天狗。洗練された太刀筋が百目を襲う。
「ほんま堪忍してくださいよ、ボク戦うの苦手なんですよ」
大天狗の一太刀を紙一重で躱して無傷な百目。今度はこちらの番と言わんばかりに、空中に眼球を浮かばせ光線の様なものを飛ばす。
凄まじい速さの直線は大天狗の眉間を貫通して、大天狗は煙と共に消えていった。
「ボクのスーツと君の式神でおあいこにしよや?」
「するか!この野郎、本気の秘術で⋯」
「はあ、もうええよ」
浮いていた眼球が弾けて強烈な光を発生させる。
光が消えたあと辺りを確認するが、百目は見当たらない。
上手い事、晃弘から逃げおうせたのであった。
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