第4話

ようやく暑さを忘れて季節らしい涼しさを取り戻した夕刻に風を当たりながら外を眺めていると、今日も生徒がやってきた。

「失礼します⋯?」

「ようこそ」

見た目は自分たちと変わらない男子生徒があたかも当然ように居て困惑している。

「ええと、貴方が例の...?」

「そうだよ、ゆっくりしていくといい」

席へ促されて彼の前の席に座る。心地いい風が吹いてなかなかの特等席のようだ

「初めましてだね?」

「はい、一年一組の加藤って言います。テニス部です」

「へえ〜テニス部なんだ、趣味とかあるの?」

「ギターを少し」

「ギター弾けるんだ、かっこいいね」

彼も暇だからか、加藤にいくつか質問して会話を繋げていく。

趣味や好きな食べ物,最近ハマっている曲とかあるのかなどを話して互いの仲を築き上げていった。

加藤も今回は何が悩みがあって来た訳ではなく、ただ単純に居るのかどうか確かめに来ただけなのである。

「何か不思議な体験した事ある?」

「不思議な体験··········あ!俺の話じゃないけど、母の体験談なら一つありますよ」

加藤の母が幼い時に体験した話を聞かせてくれました。


母が当時通っていた学校には、奇妙な怪談があったという。典子ちゃんというおかっぱ頭の女の子が校内を走り回るという七不思議だった。

C棟と呼ばれる別館の廊下に16時頃「典子ちゃん遊びましょ」と唱えると、薄暗い廊下の先からボールー着くような音が聞こえてきて「いーよ」と返事が返ってきて典子ちゃんが走ってくるらしい。

彼女に掴まると死んでしまうから走って逃げなければならない。校内を走り回って校門やフェンスを乗り越えようとしても扉は開かないし見えない壁によって乗り越えられないようになっているから、典子ちゃんに捕まらないように逃げ隠れしなければならない。

1時間、参加者の一人でも捕まらなければ勝ちという事で解放してもらえるという。その見返りとして典子ちゃんと遊んだ子達はテストで百点が取れるという。

挙って周りの子達が典子ちゃんと遊ぼうとするのだが、先生達が許すはずもなく授業が全て終われば皆帰らされていた。

それでもやんちゃな子供は居るものです。

放課後学校に集まって内緒でC棟に忍び込もうしました。参加者の数は6人、その中に加藤の母も参加していました。1階女子トイレの高い位置にある窓の鍵を予め開けておいて、運動神経の良い子がよじ登ってこっそりC棟玄関の鍵を開ける。大きな声で話したり物音さえ立てなければ見つかることは無いため、慎重に侵入する。気分はスパイ映画のミッションをしているエージェントだ。

6人全員C棟へ入って薄暗い廊下の先を見ながら皆で唱えました。

「「「「「「典子ちゃん遊びましょ!」」」」」」

しばらく待ってもボールの音や「いーよ」の声が聞こえてこない。

「やっぱり嘘なんじゃないの?」

「全然出てこないじゃん!」

「今日は居ないのかな?」

「もう帰ろうぜ!帰りに駄菓子屋でアイス買ってさ」

そんな話をして帰る雰囲気になり、校門から出ようとするが鍵が掛けられていて出られない。

裏に回って低いフェンスを乗り越えようとするが、何故か乗り上げることが出来ない。

「あれ?おかしいな」

「ねぇ、まさかさ·····」

「の訳ないだろ!」

まるで噂通り敷地内に閉じ込められたようで気味が悪かった。

するとグラウンドの中央で、ポーンポーンとゴムボールを弾ませる音が聞こえてくる。よく目を凝らしてみるとおかっぱ頭の典子ちゃんが遊んでいた。

「いーよ」

200メートルほど距離があったのに、まるですぐ近くで言われたような声量で聞こえてきた。

始まった

いーよの掛け声で典子ちゃんが笑いながら追いかけてくる。捕まってしまえば死ぬ 

みんな一目散に逃げました。泣きながら走る子や叫びながら逃げる子もいました。母は戸惑いながら当時仲の良かった志保ちゃんと一緒に逃げた。

本校舎に入って職員室を覗いても、誰もいない。いつもなら先生が一人残って仕事をしているはずなのに不思議なくらい誰もいない。

とにかく身を隠して見つからないようにしようと思い職員室のデスクの下に隠れて息を潜める。

「アハハハハハハ!」

廊下から聞いた事ない声で誰かが笑っている。典子ちゃんだと両者直ぐにわかったという。

笑い声が職員室の前で止まってドアが開く。甲高い笑い声が反響して中を彷徨っている

早く出ていけ!早く出ていけ!と心の中で唱える母、恐らく志保ちゃんも同じ事を思っていたのか、手が震えて冷や汗を馴染ませる。

「みーつけた」

向かい側の席から顔を覗かせる典子ちゃんと目が合った。その顔は目を大きく見開いて口元は口紅で大きく裂けたように書かれた唇、なんとも不気味な姿に叫びながら走り出す。

職員室の外へ繋がるドアを開けて見通しの良いグラウンドを2人で走る。後ろからは典子ちゃんが笑いながら走ってくる。

「アハハハハハハ!アハハハハハハ!」

「どうしよう!どうしたらいい!?」

「二手に別れよう!」

考えた末に二手に別れてどちらかが助かるようにしようとなった。否応にもすぐそこまで来ているから仕方なく両者左右で別れて逃げる事に。

母は振り返ってみると、自分の所に典子ちゃんが来ている。

彼女は足が速くてすぐに捕まりそうでした。

もうダメだと思った矢先に離れた所から「おーい!」という声が聞こえてくる。見ると運動神経抜群のたけしくんが典子ちゃんを挑発している。

「おーい!典子ちゃん!早さ比べしようぜ!」

彼の声を聞いた典子ちゃんが笑いながら彼の元へ駆けて難を逃れた。

急いで校舎に入って二階にある美術室に隠れる。何かとごちゃごちゃとして障害物が多いため隠れやすい。

「志保ちゃん大丈夫かな?たけしくん逃げれたかな?」

自分も怖いが、友達の安否も気になる。時刻は20分を回っており、まだ3分の1しか経っていなかった。

早く終われと思いながら静かな教室で身を潜めていると、パタパタと廊下を走る音が聞こえてくる。

中に入ってきたのだ。美術室のドアが開いて中を見ると典子ちゃんだった。

先程助けてくれたたけしくんは殺られたと直感する。

今度は戸棚の中に隠れてすぐには見つからないようにし、ほんの少しだけ隙間を開けて様子を見る。

ドクドクと鼓動が早まって手に汗握る緊張感があった。

捕まれば死ぬ

その言葉が脳裏に過ぎって汗が止まらない。呼吸も荒くなるが、深呼吸をして落ち着かせる。

今でも典子ちゃんは母を捜し回っている。

すると諦めたのか、笑いながら美術室を離れて行った。

「良かった〜」

思わず声が出てしまい、慌てて口を抑える。すると廊下の方から「みーつけた!」

声と共に友達の叫び声が聞こえてきた。良かったバレてない

友達の壮絶な叫び声を聞いて、薄情と思いながらも安堵する自分がいた。

時刻は50分を回った頃合い。あと10分でこの隠れ鬼も終わる。

「さっちゃーん、さっちゃーん」

志保ちゃんの声だった。良かった無事だったんだと思い戸棚から出て顔を出すと、そこに居たのは典子ちゃんでした。

「さっちゃんみーつけた!」

何故母の名前を知ってるのか分からなかった、しかも志保ちゃんの声を真似ておびき寄せるという姑息な手まで使ってきた。

ああ、もう私しか居ないんだと悟った

いよいよ相手も本気を出してきたのだ。残り時間はあと10分、全力で廊下を走る。

廊下を走ってはいけませんという先生の言葉が脳裏に浮かぶがそれどころでは無い。自分が捕まってしまえば全滅なんだと思ってがむしゃらに走る。今でも背後から甲高い笑い声が廊下を鳴り響く。

逃げても逃げても回り込まれたりして上へ上へとおびき寄せられて気がつけば屋上でした。

もう逃げ場がない

典子ちゃんは余裕の笑みを浮かべてゆっくりと近付いてくる。抜け道は向かい側の扉しかないが、周り込めるとは思えない。

「下!」

もうダメだと思った矢先にどこからとも無く知らない声が聞こえてくる。典子ちゃんも誰の声なのか分からず戸惑っている。下と言われてもここは屋上で飛び降りれば跡形もない。

ですがもう残された選択はそれしかない。

笑いながら迫ってくる典子ちゃんを見ながら、勇気をだして柵を乗り越えて飛び降りる。

すぐ下には屋根があり、間一髪で助かったが足を挫いてしまった。

上では今までの顔とは比べられない程に怒った顔をしている典子ちゃんが見下ろしている。その表情を見つめながら、1時間を知らせるチャイムが鳴り響いた。

気が付くと6人全員C棟で倒れていた。時刻は16時で校門もすんなりと開いて何も無かったかのように人も居る。

帰れたんだと皆ではしゃいで学校を後にした。

後日返されたテストの点数は100点ではなく、40点や30点ばかりで100点の噂だけ違っていたと語ってくれた。

もしかしたら夢だっのでは?と口々に言い合っていたが、母だけは違うと断言する。

何故なら母の足は捻挫していたからだと語ってくれました。


「という話です!」

「出来すぎてないか?」

加藤の怪談を最後まで聞いた彼は、まるで映画や小説の様な話に疑問を抱く。

彼の見てきた経験上無くはないが、半信半疑といった様子。

「最後に下って叫んだの誰なんだでしょう?」

「さあ?幻のシックスマン?」

「それは無いと思いますけどね」

加藤の話を聞いてから、あれやこれやと考察した後に夜も更けてきたから帰した。

静かになった教室で彼は誰も居ない虚空に話しかける。

「彼は俺の友人だ。手を出すのは許さないよ」

窓の外には鬼の形相の典子ちゃんが居て窓をすり抜けて入る。

「アイツあの時邪魔した」

あの時とは、彼の母が絶体絶命の時に声が聞こえて時の事だろう。

母の幼少期に時空を超えて助けに来たと言いたいようだ。

「面白い事を言うね、でもその声のおかげで今も彼はこうして生きているからね」

「許さない」

「殺すのは御法度だろ?」

なんだかんだと言いつつ、証人が出るほどまで手を抜いたり現実では殺していないようだ。

しかしこの典子ちゃん、何故この学校に来ているのだろうか?その場に留まって七不思議として活動しているはずなのに。

「そういえば何故ここに来れている?」

「私が居た校舎取り壊された。土地神様が自由にしていいって言ってくれた」

「なるほどね〜」

「此処の新しく出来た校舎でもやる」

「やめといたほうがいいと思うよ」

此処には怪異殺しの霊能少年こと鳳凰院明弘が通っているから下手な事をすれば祓われてしまう。

典子ちゃん程の怪異なら問題なく祓えるまで成長を遂げているからそのうち追い越されてしまうだろう。

「俺と縁を結ばないか?」

「なんで?」

「友達が少ないんだよ。学校の七不思議同士仲良くやろうぜ?」

典子ちゃんはしばらく考えたあと、どうせ暇だからという事で了承してくれた。

「名前を聞いてもいいかな?」

「典子」

「違う。本当の名前」

この世ならざる怪しき存在には様々な呼び名がある。ひきこさんや花子さん、彼のように場所で呼ばれる事もあるが、皆それぞれ真名がある。それら怪異にとって真の名を知られるという事は縛られる事になる。

『縁』という形になって互いに協力関係を築けるのだ。

これらの儀式を利用して『式神』という神や怪を従わせる事が出来る。また式神を使ったり幽世の者と関わる者は本名を隠すと言われている。

「お前も名乗るのか?」

「どうする?子供みたいにせーので言い合うか?」

「いや、いい。·····千代」

「いい名前だね、じゃあ俺の番だな」

彼は典子ちゃん千代の耳に内緒話をするようにして本名を名乗る。

「意外と普通の名前なんだな」

「お互い困った時は助け合おう」

そして典子ちゃんは去っていった。これまで縛られていた分色々な所を見て回るようだ。

そんな彼女を見送ってから、彼も姿を消した。

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